眠れないまま約束の時間にカフェに来ていた。

「明日10時な。」

 ってメールが来てて、無視できなかった。

「千紗から返事ないなんて珍しいから来ないのかと思った。」

 にこやかに笑う浩大の言葉は耳をすり抜ける。

「なぁその辺、ぶらぶらしようぜ。」

 当たり前のように手を取られた。

 前はそれにドキッとして、嬉しかった。
 でも今は……。

「なぁ千紗のアパートで今日泊まってもいい?
 デートしてからお泊まりできる?」

 アパート………。
 不意に洪水のように裕のことが心の中に流れて来た。

 少年みたいに笑う顔。
 クククッって馬鹿にした顔。
 それなのに優しく頭を撫でてくれて、手を握ってくれる大きな綺麗な手………。

 男の人がキッチンに立つ姿は新鮮で見惚れていたことまで思い出す。

 それに……。
『会いたい』ってメールのひとことだけで、会いに来てくれて、ふにゃっとした笑顔でドアの前に立っていた裕。

 なのに目の前にいるのは別の人。
 自分が悪い……………。
 どうしてはっきり言葉に出来ないんだろう。

「ごめんなさい。
 夜は用事があって………。」

「チッ。なんだよ。つまんねー女。」

 胸がズキッと痛くなって、下を向く。
 それでも浩大は何か楽しそうに話している。

 それは千紗にはよく分からない話。
 浩大が楽しそうに話すのをいつもいつも我慢して聞いていた、いつもの風景。

「ごめん。本当に用事があるの。
 帰るね。」

 驚いた顔をしている浩大の方を出来るだけ見ないようにしてアパートに向かう。

 なんで。なんで言えなかったんだろう。

 裕に言えなかった「帰らないで」の言葉。
 今になって涙がこぼれてきて、ますます心が沈んだ。