足が前に出ない。

体に力が入らない。上手く表現ができない。

汗だくになるだけで体は音についていかない。


気持ち悪い。とても。とても。


そう思いながら躍りの途中で僕は足を止めた。



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舞台が終わり、明のケータイが沢山鳴る。

「公演凄いよかった!」
「お疲れさま!」
「見てて楽しかったよ!」
そんなメールばかりで明はため息を吐きながら、

「足を止めた事、誰も攻めないんだ。」
小さく呟き、楽屋を出た。




外に出ると明の顔をみた観客が、口に手を当てて、小声で陰口を呟く。

回りの目はとても冷たいものだった。



何故なら、明がある意味この舞台では最高の目玉だったからだ。

元天才バレリーナ相澤未夢の息子であり、教え子の初主演の舞台で相澤未夢監督の舞台。そう聞くと高い金を払ってでも見に行きたいと思う人は少なからずいるだろう。


しかし内容はとても酷かった。
最後の見せ場のソロバリエーション、彼は足を止めてしまったのだ。
これは舞台に立つ限り、一番やってはならない事をしたのだ。



それに明には才能はあったが、天才とは程遠いものだった。
バリエーションの前のコールドバレエ(何人かと踊るプログラム)も上手いとはとても言えるものではなかった。
なのに主役をもらうということは、

「親のコネだね。」

そう彼に言い放ったのは、夏川詩音だった。

詩音は明とバレエ教室が一緒の高校2年生。
黒髪ロングに穏やかな瞳。これぞ「清楚女子」と言う言葉が似合う女性はなかなかいない。
ただ性格をのぞいて・・・

「足を止めたね。コネニート」

「おい。コネは認めるが俺はニートではないぞ、夏川詩音。」

「いや、ニートだね。あんな踊り、職業なんかにはなりませーん」

彼女の言葉が胸に刺さる。
しかしそう言われても仕方なかった。

「それより・・・」

詩音が改まった顔で明をみつめ、

「なんで足を止めた?」

「・・・」

「あのまま行けば何もなくただ終わっただけなのに。」

その通りだ。
足を止めていなければ、上手くはないが下手でもない男の子で終わったはずだ。
しかし足を止めた事により、舞台をぶち壊した犯罪者になってしまった。

そんなこと分かっていたのに足を止めた理由、それは、

「飽きたからだ。踊ることに」

明がそう言い放った瞬間、詩音の顔が強張った顔に変化した。

「踊っている間つまらなくって、何もかもぶち壊したくなって、踊っている自分が嫌いになって足を・・・」

「ッ!!!」

その瞬間、詩音が明の胸ぐらを掴み、

「君はそんな理由で足を止めたのか!?だったら君は・・・!」

「そうだよ。怪我したからとか、プレッシャーとかでやめた訳じゃない。」

掴んだ手により力が入る。

「愚かだ。愚かすぎる。
なぜそこまで君は愚かなんだ!
環境と言う最大の才能があるというのに・・・」

「環境が才能か。
そんなもの生かしきれる奴なんて、天から恵まれたやつしか使えねえただのゴミくずだ!」

「天から恵まれたやつ・・・
ああ、天才と言いたいのか君は。
いいか、力があって実力もあって死ぬほど努力してるやつだって、環境のせいでプロになれないやつだって山のようにいるんだぞ!それなのに、死ぬほど努力していない君が才能についてかたるのは愚かだとおもわないのか!」

どんどん話すスピードが早くなり、詩音の顔もどんどん崩れていく。

「挙げ句の果てに、飽きたから止めたとかほざきやがって!無知なのもいい加減にしとけよ!お前を羨ましがるやつだって・・・!」

詩音の瞳から涙がこぼれる。
詩音は昔から明を見てきた。
明がどれだけ環境に恵まれているのか。
明がどれだけ回りに愛されているのか。
詩音は良く知っていた。

「君は愚かで哀れな人間だ。
自分の才能にも気づけず、諦める事しか考えられないクズだ。」

胸ぐらを離し、ならばと詩音は呟き

「ならば私は君の上に行く。
人材、環境に愛されてる君に、私は努力と言う才能だけで君を越えて見せる。」

詩音は分かっていた。
自分という存在がバレエに愛されていない、という事に。

「君は親のスネをかじりなから、プロにでもなればいい。そうやって努力もしないで上にいけばいい。」

詩音はそう言いながら、カバンからタオルをだし、タオルで涙をふき、そのまま鼻をかんだ。

「4カ月後に開催される全日本バレエコンペティション。私はそれにエントリーをする。」

「全日本バレエコンペティション・・・」

「ああ、日本で一番デカイコンクールで、有名ダンサーの登竜門とも言われているコンクールだ。」

全日本バレエコンペティション。
14才から28才までの年齢で参加出来るコンクール。
参加人数は毎年500人以上と大規模なコンクールで、プロも参加している事で有名だ。

「そんなコンクールにお前がでるのか。」

「出る。出て努力という才能がどれだけ大きい物か君に教えてやるよ。」

彼女の眼差し、それは嘘一つない目をしていた。

「そして君に再び言ってやる。
愚かで哀れなコネニートってね。」

彼女はそう言い放ったあと、明から離れた。



彼女は明にもっとやる気を出せとケツを叩きに来てくれたことは明も分かっていた。

しかし、明には響かなかった。





明にバレエを続ける気力がこれっぽっちも残っていなかったからだ。