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 ドアを開け、そこに奇妙な光景を目にして、彼は茫然と立ち竦んだ。

 そこには彼女の他に見覚えのある顔がいた。

 突然の出来事に三人の動きが止まる。

 彼がその人物に視線を向けると、その者は腰元辺りから何かを取り出した。そしてそれを手の中で銀色の鋼に形を変えると、両手で持ち替えて彼へと構えた。

 銀鱗の光を含む視線は彼を捉える。その迫力に彼の体は硬直した。寸の間、遅れて脳から逃奔しろと命令され、それに従って左足が一歩後退する。

 相手の美しく鋭いその瞳から彼は目を逸らす事が出来ない。逸したらきっとその瞬間にやられるに違いない。部屋には緊迫した空気が張り詰めていた。

 足には自信がある。逃げるなら一気に突っ走るしかない。そう考え、この場から出走する為、体を返した。

 殺気を感じて逃げ出す彼の背中を狙って、冴えた光が素早く宙を舞う。その反動で彼の体は仰け反った。

 斬りつけられた彼の背中からは、勢い良く灰が飛沫を上げる。瞬時にそこから全身が灰へと変化し、弾ける様に粉々に砕け散る。

 一瞬の出来事だが、全てがスローモーションの様に克明に動作していた。


 あぁ…、何時か見た夢と同じだ。オレは消えてしまう…。
 結局言えなかった…。
 どんな顔で何て言うのか見たかったな…。

 
 目の前の驚愕に固まっている彼女の姿に重ね、それとは逆の 、驚いて赤面し、あたふたしている彼女の姿が彼の中に浮かぶ。 朦朧とする意識の中で彼女への想いが溢れていた。

 周りに同化され消えて行く寸前に、彼は穏やかな顔で微笑んだ。それが彼の最後の姿だった。

「いゃぁぁぁーーーーっ!」

 目の前の光景に戦き、彼女は悲鳴を上げる。その現実に自身を支える事が出来ずに、その場に気を失って倒れた。

 今迄そこにいた筈の彼の姿は、もうすっかり形を消してしまった。

 息一つ乱していない相手は、鋼を掴んだ右手をだらりと下げて、力無くその場に立ち尽くしていた。

 緊迫から解き放たれて静まり返ったその部屋には、惨憺なる空気が漂っていた。

 その右手に掴んだ白金の光に視線を向け見据えた。たった今、生気を吸い取った鋼は、眩い程に輝きを放っている。

 その光に一粒の雫が流れ落ちる。

「…報いだ」

 低く言葉を吐いた。その背中には哀矜の色が見える。

 その者は鋼を素早くチップへと変形させてケースへ収めると、後を振り返る事無く、その場から立ち去った。