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 a2は今迄同じように性を持たない者達の中で育った。当然誰もが同等で、誰もa2を憐れんだりする事は無い。誰もがそれを受け入れていたし、自分が人間として劣っているとも思っていない。だが性がある者から同情の眼差しで見られると、この上ない憤りを感じるのだった。


 頼んでもいないのに勝手に憐れむな。それが何になる! それで理解したとでも思っているのか。何か出来るとでも思っているのか。何も理解していないのに判った気になるな。反吐が出る!


 a2の心の中が凍皴した大地の様に、一気に音を立てて荒んで行った。

「私がここにいるのは君の答えを聞きに来たからだ。同情してもらう為じゃない。そんなモノでは満たされん。尽心の意があるならば今直ぐその眼を止めろ」

 a2は感情を抑え静かな口調で話す。だが、その何時もより低い声にa2の心情が現れており、その鋭い眼光は理奈を脅した。

「………」

 理奈の瞳から遂に涙が零れる。

「止めろと言っているだろ! 何も理解していないのに、本人の気持ちを無視して、勝手に感傷に浸って盛り上がる。そんなものは只の偽善者に過ぎない!」

 物凄い形相で理奈を睨み付ける。辺りに緊迫した空気が漂う。

 それでも理奈はa2に哀憫せずにはいられなかった。

「だって…止められない。今迄、人を好きになる事も知らずにいたなんて。それで今でもその事に何の不服も感じないの?」

「憐れむな!」

 a2は拳で机を叩き怒鳴りつけた。

 その勢いに理奈の体が一瞬縮み上がるが、それでも涙を止める事は出来ず、a2に訴えかける。

「a2はそれで良いの? 何の疑問も抱かない? 今迄一度も恋愛に憧れた事は無い?」

「………」

 今の理奈に何を言っても耳には入らない。お互いの意思が違う限り平行線を辿るだけだ。a2は平常心を取り戻そうと努め、言葉を返す事を諦めた。

「人を好きになるって素敵な感情だよ。毎日が楽しくて張りがあるし、全神経がその人に向いている感じ。その人の一言で天にも昇る気持ちになれば、二度と立ち直れないくらいに落ち込んだり。嬉しかったり、甘く切なかったり、悲しかったり、苦しかったり…、自分で自分がコントロール出来なくなってしまう。それでも好きという想いは止められなくて、毎日その想いが大きくなって行く。そんな想いをしてみたいと思った事は無い?」

 恋愛をした事の無いa2にはいくら理奈が恋愛感情について語っても、その言葉の実態が掴めない為、何も心に響いては来なかった。

「人其々価値観は違う。君の価値観を私に押し付けようとするな」

 冷たい言葉だけがその空間に残される。


 この人は心を開くという事を知らないんだ…。あたしの言葉を理解しようとはしない。目に見える物と自分の事だけしか信じないんだ…。


 理奈はa2の顔から目を離す事が出来ない。その美しい瞳は何も受け入れようとはしない。今のa2は義眼の様に感情を映し出す事は無い、潤澤の光が消えていた。

 昂ぶっていた理奈の感情は涙と共に静かに流れ落ち、次第に平常心へと戻って行った。

 理奈の眼から熱い光が消え失せ、a2もその事を感じ取る。

 暫く沈黙が続いた後、a2が口を開いた。

「答えは…」

 沈鬱した空気に二人の覇気も失せていた。

 a2に促され理奈の頭の中が少しずつ解されて行く。


 そうだ…どちらか決めなきゃいけなかったんだ…。


 本来すべき事を思い出した理奈は、混沌と考えを巡らせた。そして不図、以前悠が話していた言葉が思い浮かぶ。

 そして意を決した理奈は遂にその言葉を口にした。

「決めたよ…」