1



 a2の衝撃な発言に、理奈は言葉を発する事が出来ずに、茫然とa2の顔を見つめていた。

 性が無いとは一体どういう事なのか、初めて耳にする事況に理奈は驚いた。

「性が無いって、ジェンダーとかそういう意味? それともアンドロイドか何かなの? もしかして未来から来たとか…?」

 一度は受け入れたものの、ディスポウザーというものに非現実な存在を感じていた。故にそういう言葉が浮かんで訊いてみた。そうすれば自分の中で辻褄が合う。

「違う。私は現代に住む人間だ。これはSFでもなんでもない。それにジェンダーでもない」

「じゃあ…言葉通り…? 性が無いって、男でも女でも無いって事?」

「驚くのも無理は無い。世間では認知されてないからな。だがこれは事実だ。世の中には性を持たない人間と、またその逆に、二つの性を持って生まれる人間もいるのだ」

「………」

 あまりの衝撃に、理奈は言葉を失ってしまった。

 現実にそんな事が起こり得るなんて予測もしなかった。性同一性障害など認識されている人達もいるが、世の中には男と女のどちらかしかなく、それが当然の事だと考えていた。

 突然の話に信じられない理奈は、a2が自分をからかっているのではないかと疑っていた。

「本当に…? あなたに性は無い?」

 理奈の言葉にa2は僅かに口の端を上げて俯き、直ぐにまた視線を戻して、挑発する様な、甘く妖美な眼差しで理奈を真っ直ぐに見つめた。そして膝に置いていた両手を広げて、受け入れ体勢をしてみせる。

「確かめてみる?」

「……い、いえ、結構です!」

 両手を突き出し頭と共にブンブンと振る。

 美しい顔で、溜息が出る程の甘美な視線で誘われ、理奈は動揺し赤面した。 

 そんな理奈を見てa2は鼻で軽く冷嘲する。

「…じゃ、…じゃあ…、もしかしてa2がこの仕事をしているのは、少なくともその事が関係してるの?」

 紅潮した頬を両手で覆いながら訊ねた。

 理奈の言葉に、a2は割り切った様にあっさりとした口調で話し出す。

「意外と鋭いな。その通り。性を持たない私達には恋愛感情というものが無い。だからターゲットに同情を抱く等、感化されずに早急に仕事を熟す事が出来る」

「恋愛感情が無い?」

 理奈が眉を顰める。

「?」

 理奈が何故その言葉に引っ掛かったのか、逆にa2が疑問に感じた。

「今迄、人を好きになった事が無いの?」

 a2の年齢は二十歳前後と窺える。その二十年近く、一度も人を好きになった事が無いというのだろうか?

「私達は尊敬や友情の念を持ったとしても、恋愛感情を抱く事は無い」

 言い切るa2に理奈は哀矜の眼差しを向ける。

「そんな眼で私を見る必要は無い。私にとっては当然な事で少しも気にしていない。同情などしなくていい」

 言われて理奈は片手で顔を覆った。a2に対して同情をしている意識は全く無かった。だが無意識にも心の何処かで感じていたに違い無い。その事をa2に見抜かれて、自分が驕っている事に気づき恥ずかしく思った。

「そんなつもりじゃ…ごめんなさい」

 だが理奈は居た堪れなくなり、次第に目に涙を浮かべた。

 現在片想いをしている理奈には、ここ最近の感情の起伏から、恋愛に対して敏感になっており、人を好きになるという何物にも代え難い、この甘く切ない想いや、時には嫉妬、悲しみの涙を流す事や、好きな相手の発した何気ない一言で一喜一憂する事、その一つ一つが堪らなく大切に思える。それが恋だというのに、その想いを一度も味わった事が無いa2が気の毒で、再び眼に悲愴の光を浮かべ、a2に視線を向けずにはいられなかった。

「いい加減にしろ」 

 自分の意思を無視して勝手に同情し、感情を昂ぶらせている理奈を煩わしく思い、a2は珍しく感情を顕にした。