理奈は自分の吐いた言葉にゾッとした。全身が恐怖に包まれ、体中の毛が逆立って行くのが自分でも判った。これから襲ってくる計り知れない現実を予測し、レースのベッドカバーを掴んでいる両手に力が入る。

「いや、殺すのでは無く斬るのだ。そして灰になって消える。浄化みたいなものだ」

「斬って灰になる? 何言ってるの? 人間を灰にしたら殺しと同じじゃない! 居る筈の人間が居なくなったら騒ぎになる。立派な事件じゃない! あたしは殺人の共犯になるの?」

 理奈は眉間に皺を寄せて目をつり上がらせている。

 常識では考えられない事を、何故こんなにも冷静に話していられるのかと、理奈はa2の神経を疑った。

「落ち着け。これは殺しじゃない。私達は歪み始めた空間を修正する為に動いている。これは特別な事では無く、何処でも起こり得る事なのだ。多くは感情が不安定な若者に傾向が見られるが、君の担任教師、隣の娘、TVに出ている芸能人、その他にも皆、私達が始末して来た。それでも世の中は変わらぬ生活を続けている。ただ、記憶に残っていないだけだ。ターゲットを始末すれば君の記憶も消える。そしてまた変わらぬ日常へと戻るのだ」

 理奈はa2の言葉に考えを巡らせる。右隣は老夫婦と息子の家族が一緒に暮らしている。左隣には最近新婚が引っ越して来た。娘なんてどこにもいない。a2の言っている事が事実ならば、隣には娘がいて、ディスポウザーによって始末された。けれど、その事に何の疑問も抱かず、記憶を消された自分達は平静に生活を続けている事になる。そんな事が本当に実在しているのだろうか。

「人、一人消えているのに、変わらない日常に戻る…?」

「そうだ。その者は存在しなかった。それだけだ」

「そんなの残酷すぎるよ!」

 理奈は憤りを感じ、前屈みになって、両手の拳をベッドへと叩きつけた。

「背かなければいい。逆らわず運命通りに進んでいれば灰になる事はない。背くから歪みが生じて始末される者が出る。罰だ」

 興奮する理奈に刺激される事もなく、a2は変わらず冷静に対応している。

「じゃあ、背いた人を罰すればいいのに、どうして選択する必要があるの?」

「道を背いた時からその者は君の人生に侵入している。それを勝手に私達が処理する事は出来ない。あくまで君の人生だ。君が選択しなければならない」

「酷いよ…あたしにそれを決断させるなんて、あたしには出来ない!」

 突き放された言い方をされ、理奈は動揺を隠す事が出来ない。掴んだベッドカバーは深い皺を作っていた。そこに理奈の気持ちが現れていた。

 理奈はa2から視線を逸らして俯いた。

「これは君一人の問題ではない。人の運命は決まっている。それが歪みを表した時、それを修正しなければその被害は徐々に広がって行き、軈て多くの人々の未来をも変えてしまう事になるのだ。それを最小限に食い止める為に私達が存在している。君には責任があるんだ。さぁ、逃げずに答えを出してくれ」


 あたしの決断が未来をも変える…? 道を背いた者が勝手にあたしの人生に入って来て、その責任をあたしが取らなければならないなんて納得できない。責任が重すぎるよ…。


「そんな簡単に言わないで! もしa2があたしの立場だったら、そんな冷静でいられる? a2だって本当に幸せになれる人と一緒になりたいでしょ?」

 理奈は行き場のない苛立ちをa2へとぶつけた。

「それは有り得ない事だ」

 責任の転換か、同意を求めようとしたのか、理奈の言葉に同情する事も無く、a2は平静に言って退ける。

「え? どういう事? 自分はいつも冷静だから、同じ立場に立ってもパニクらずに即決出来るって事? それともディスポウザーは恋愛禁止なの?」

 a2の脳裏には、このまま会話を続ける事で、避けては通れない方向に話が進んでいる事に意識が行っていた。理奈には直接関係がなく、通常は選択者に話さなくても済む事なのだが、ここまで話が進んでしまった以上、そういう訳にもいかなくなっていた。無駄な動力を避ける事が出来なかった自分の未熟さに嫌悪する。

「そんな規則は無い」

「じゃあ…?」

 視線を合わせず、何かを隠しているかと思えるa2の口調に、理奈は興味を示す。

 そしてa2は少し間を置いてから口を開いた。

「asexual だからだ」

「………?」

 理奈は眉を顰める。

「私には性が無い」

 a2の衝撃的な言葉に理奈は直ぐに応酬出来なかった。