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 理奈と美都は昼食後、何時ものように自動販売機で温かいココアを買い、ベンチに座って雑談していた。

「へぇ、そんな事があったんだ?」

「そう。なのにハルったら、その事について何も言わないんだよ。まるで何も無かったように平然としてるんだから。何考えてるのか全く判らない!」

 理奈は不服とばかりに頬を膨らませ唇を尖らせる。

 美都は理奈のその言葉に驚いて目を見開き凝視した。

「えっ? 判んないの?」

「?」

 美都が何故驚いた顔をしているのか理奈は疑問に思う。

「ねぇ、本当に判んないの?」

「なにが?」

 怪訝な顔をしてこっちを見ている理奈の様子から察して、本当に悠の気持ちが判っていないらしい。美都はそんな理奈に呆れて頭を抱えた。

 聞いた話から推測して、どう考えても嫉妬から出た行為だと感じられる。それを全く判らないとは、なんて鈍い神経をしているのだろうかと腹立たしくも思えた。

 悠は家教の話をする理奈に嫉妬し、居た堪れなくなって抱き締めた。だが今迄通りに接する事が得策だと思い、平然とした態度を取ったのであろう。それは悠の優しさだと感じても良いのではないだろうか。それを全く感じ取れないとは、これでは悠が余りにも気の毒だ。これは二人の為にも、理奈にその事を教えてあげた方が良いのではないかと考えた。だが余計なお世話とも思え、悠が自分の口から理奈に想いを伝える事、また理奈が自分で悠の想いに気づく事が大切なのだと思い直し、余計な口出しはしない事にした。

「灯台下暗しって言うけど、近すぎると本当に見えないものなのね」

 悟った口調の美都に、バカにされた気がして、理奈は不愉快に感じた。

「何、それどういう意味?」

「手の届かない人を想い続けるより、もっと現実的に近くにいる人を見なさいって言ってるの!」

 ジュリアンに熱を上げる美都が言っても全く説得力も無いが…。

 理奈は空を睨みつけ、美都の言葉に暫し考えを巡らせる。そしてその言葉に一人の男性の顔が浮かんだ。

「何、もしかして武田の事言ってんの? 確かに眼鏡が無かったら結構イケてるとは思うけど。やめてよ、あれはもう終わった事なんだから。今更どうこう言わないでよ!」

 理奈は美都の肩を軽く押し、顔を背けて苦笑いした。

 押されて美都は、ココアを零さない様に揺れに合わせてカップを慎重に持ち直し、理奈をじっと睨んだ。

「………」

 遠回しな言い方では鈍感な理奈には伝わらない。美都は再び呆れて、この居た堪れない思いに、態と音を立ててココアを啜ってみせる。

「ねぇ、それより聞いて! あたし、麻生さんに一緒にいた彼女の事を訊いてみたの。そしたら、元カノだけど今は何とも思ってないって。たまたま偶然に会っただけだったんだ。もう、要らない心配して損しちゃったよ! ねぇ、努力したら、あたしの想いが報われると思う?」

 理奈は目を輝かせて嬉しそうに顔を近づけ、興奮して持っていたカップのココアをチャプチャプと揺らす。

「ちょっと、零さないでよ! 精々望みを持って頑張りなさい」

「にへへ…」

 理奈が妙な笑い声を出してニヤけた。

 悠に同情している美都は素っ気無く言うと正面を向き、両手でカップを包み込む様に持ち、その手を温める。

 美都の冷めた反応に理奈は寂しく感じた。友達ならここで激励の一つでもくれても良いのではないだろうか。しかし芳朗の事を勧める美都にはそれが出来ないのかもしれない。できれば裕弥との事を応援して欲しかったのだが、美都にそれを催促するのは難しそうだと読み、諦めた。

 美都の言葉を勘違いして受け取っている理奈には、美都の本当の心情を読む事が出来ずにいた。

 理奈は肩透かしを食らった気がして、正面を向き直し、肩を竦めてココアを口にした。