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「見て、カワイイよ!」

 理奈は指差して店頭のディスプレイに近づく。カントリー調の温かい雰囲気の雑貨店だ。

 映画を観終わり、昼食も済ませ、二人は時間を持て余してショップを見て回っていた。嬉しそうにディスプレイを見つめる理奈を横目に悠が近づいてくる。

「これ本物? 食えるのかな?」

 悠は小さな南瓜を手にし、重さを確かめる様に、片手で何度か軽く跳ね上げ、手から浮かせた。

 ハロウィンが間近という事で、街はハロウィングッズで溢れていた。このお店では店頭に麦の穂のリースが飾られており、そのリースに重なる様にしてリンゴ程の大きさしかない、小さなオレンジ色の南瓜が一盛置かれ、その両脇にそれとは異なる、緑色で二色の縦縞の物や、苦瓜のようにゴツゴツとした表面の山吹色した南瓜が、麦の穂を座布団に疎らに転がっている。

「もう、どうしてそういう事しか言えないの?」

 無粋な悠に不満を感じる理奈。無視をする様に店内へと入って行く。それを目にして失敗したと顔を歪めて、首を擦りながら理奈の後に続く悠。

 店内には、フルーツの香りがするアロマキャンドルや、キラキラした硝子のキャンドルホルダー、シンプルなマグカップに、多種類の紅茶など、その他にも雑貨好きの理奈には、見ているだけでも充分に楽しめる物ばかりが並べられていた。そして籠に入ったキーホルダーに目が止まる。

「見て、これカワイイっ‼」

 理奈はその中の一つを掴み悠の目の前に差し出して見せる。悠はそれをマジマジと眺めた。

 それは眼球の中心にターコイズブルーの点があり、驚いた様に目を見開いている。口は裂けそうな程三日月形に開き、歯を食いしばり、鼻は無くて、一見意地悪な顔に見える。耳は三角の猫耳で、顔の周りにはライオンの様な鬣らしきものがある。体はてるてる坊主の様に巾着形で、全体は僅かに青く見える透明色。そのフィギュアにホルダーの金具が付いていた。

「なんだコレ?」

 悠は持っているキーホルダーを指でつついて、クルクルと回した。

「んー…なんだろう? ハロウィンだからお化け??」

 首を傾げながら、そう答える理奈。

「確かに。化けモン以外の何者でもねーな。こんなのが可愛いのか?」

「カワイイじゃん! 見てて飽きないじゃん!」

「んーー?? ……… 」

 鼻の下に指を押し付け、悠は眉を顰める。

 初めはこれの何処が可愛いのか理解に苦しんだが、理奈に感化されたのか、よくよく見ている内に不思議な事に、悠もこの得体の知れない物に愛嬌を感じ始めた。

「意外と、そうかも」

「でしょ?」

 嬉しそうにキーホルダーを見ている理奈に、何故だか奉仕精神が湧き起こる。

「買ってあげようか?」

「うぇっ⁉」

 悠から思いもよらぬ言葉を聞き、理奈は驚いて悠に向き直った。

「何? どうした? 急に」

「?。別に」

「だって、いつもはそんな事言ったりしないじゃん。変だよ」

「…気に入ったから。オレも買おうと思って」


 え? じゃあ、ハルとお揃い?


 少し不満に思ったが、自分が損する訳でも無く、こういう時は人の厚意は素直に受けるべきだと思い直し、その気になった。

「それでは、お言葉に甘えて…」

 言って、理奈は悠に向かって丁寧にお辞儀をする。

「どうぞ、御遠慮無く」

 それを受けて、悠も深々と頭を下げた。

 店内での二人の姿に、他の客が視線を向けている。

 悠は言葉通り、そのキーホルダーを理奈にプレゼントしてあげ、お店を出ると理奈は早速それに鍵を付け替えた。

「ハル、ありがとね!」

「ん、」

 理奈に礼を言われ、悠は短く返事をし、照れ隠しに態と無表情で視線を逸らした。

「あと、他にも行きたい所があるんだよね」

「オレも、スニーカーが見たいんだけど」

 二人が次に行く場所を話していると、前方から向かって来た人物がこちらに気づき、声を掛けてきた。

「理奈ちゃん、デート?」

 聞き覚えのある声に理奈は視線を向けた。念わず呼吸をする事も忘れてしまう程、理奈は驚き目を見開いた。心臓は締め付けられる様に痛み、途端に速く脈打つ。

 そこには裕弥が立っていて、その隣には可愛らしい女性を連れていたからだ。ショックのあまり声も出ない。理奈は只そこに立ち竦んだ。

 そんな理奈の様子に気づき、悠が代わりに答えた。

「あ、違います」

「?。今日は寒いから遅くなって風邪を引かないようにね。じゃあ、またね」

 裕弥は優しく言って、軽く手を挙げ横を通り過ぎて行く。その直ぐ後ろを彼女が着いて行き、擦れ違いざまに理奈に軽く会釈をして微笑んだ。

 胸が苦しくて、理奈は震える両手で胸元を押さえながらその場に屈み込んだ。疑心と嫉妬心とが入り混じり、理奈の胸に暗い影を落とす。その重さに耐えかねて、吐き気さえも感じてしまう程だった。裕弥の隣にいた女性の顔が頭から離れなくて、裕弥にとってどんな存在なのか気になって仕方が無い。

「おい、どうしたんだよ? 大丈夫か?」

 一変した理奈の様子を心配して、悠が顔を覗き込み声を掛けるが、ショックを受けている理奈には、その声も届いていなかった。


 どうして? 彼女はいないって言ってたのに…! ……とても素敵な感じで麻生さんともお似合いだった。あの人は麻生さんの今好きな人なの…? 
 あたしはこんなにも不安になっているのに、麻生さんはあたしが男の子と一緒にいても全く気にも止めていない感じだった。それって、あたしに関心が無いって事だよね…。
 せっかく頑張ってみようと決心が着いたのに、こんなのってないよ…!


 理奈は涙が浮かびそうになるのを必死に堪えて、力無く歩き出した。そんな理奈の姿を見て声を掛ける事が出来ず、後を黙って着いて行く悠。

 沈黙はその後も続き、軈て二人は家の近くの公園まで帰って来た。

 理奈がどうしてこんなに落胆しているのか、何も訊かなくても悠には大体予想がついた。雑貨店を出てから、表情を無くし何も話さなくなった理奈をこのまま独りで返しても良いものかと迷ったが、自分が附いていた所で理奈にしてやれる事がある訳でもないし、そのままそっとしておいた方が良いだろうと考えた。

 そして二つに別れた道を、理奈が左へ歩いて行くのを見送った後、悠は右の道へと進み、其々の家路を辿るのだった。




 その頭上には陽を遮り、天を覆い尽くした重厚な雲が、今朝にも増して色濃く濁り、灰が降り落ちそうな程不気味な空に、幾重にも広がっていた。