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 指令を受けてから既に約18時間が経過していた。

 資料から考えられる場所は全て捜査したが、何処を探してもその人物を見つけ出す事は出来なかった。a2は主のいないアパートのドアの前で、これからどう動いたらよいかと懸念していた。

 夜風は冷たく、その風によってサラリとした癖のない髪が靡く。a2のすらりと整った指が反転し、乱れた髪を耳に掛ける。だが張りのある髪はまたサラサラと頬に滑り落ちた。その顔には疲労が見受けられた。

 その時、通りから黒い車が接近しa2の前に停止した。

 車は四輪駆動の4ドアで、今は閉じてあるが屋根が開閉式のアメリカ車だ。見るからにどんな泥濘んだ道も、ガンガン進んで行けそうな車の形をしている。

「どうしたんだ?」

 全身黒ずくめで見慣れたコスチューム、二十代前半の人物が車のドアを開けながら声を掛けてきた。
 同じディスポーザーのJ168だった。身長180センチのガッチリとした体形で、パサパサした質で肩にかかる程度の無造作な黒髪が風に乱れる。ゴーグルを外すと、きりりとした凛々しい眉毛、ぱっちりとした眼が現れる。全体的に野生感が漂う。

「別に」

 同情される事を嫌悪するa2は、自分の置かれている状況を説明せず、J168の言葉に素っ気無く返した。

「なんだか表情暗いけど? トラブルでも起きた?」

 相手は車に凭れて腕を組む。

「いや、問題ない」

 感情を漏らす事無く、無表情に言って退ける。

「そうか、ならいいけど。なんだか顔が疲れてるな。優等生のお前の事だから、寝る間も惜しんで機動してるんじゃないのか? 少しは休憩した方がいいぞ」

「大丈夫だ。心配なんてしなくていい。自分の仕事に戻れ」

 冷たく言って、J168を突き放す。

「傲慢な奴だな。やっぱり好かん」

 露骨に嫌な顔をすると、またゴーグルを装着しながら運転席へと戻り、車を発進させた。

 J168が去って行くと、a2は顔を歪めて大きく息を吐いた。夜風で冷たくなった髪を掻き上げ、一点を凝視する。


 まいったなぁ…。動く事が出来ない。だからといってあいつが言ったように休憩を取る訳にもいかない。
 片方は恐らく未だに頭の中で自問自答している事だろう。何かこの状況を動かす、見落としていた点があるのか…。


 瞬時にファイルされた情報と、これまでの経路を重ねて考慮してみるが、やはり情報から考えられる全ての捜査は経た。となると残るは自己で、選択者の交友関係者など接点のある周囲から情報収集をするしかない。

 普段から世間とは余り関わりたく無いと渋面しているa2には苦痛に感じられる作業だ。

 
 仕方ない…。


 我を通している場合ではない。任務遂行の為、考えを柔軟にさせるしかなかった。

 晩秋も近い夜、空では月も既に高い位置に定位し、空気も一層冷え込んでいる。今日一日の疲労もかなり蓄積しており、結局J168の言う通り、今夜は明日に備えて切り上げる事にした。