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 夜、理奈はパジャマを着てベッドに仰向けになり、天井を眺めている。

 部屋では、ベッドの横に備え付けてある金平糖の形をしたスタンドライトの、青く淡い和らかな光だけをつけて、洋楽ばかりを流しているラジオを、小さな邪魔にならない程度の音量で聴いていた。

 理奈は考え事や眠れない時には、何時もこのBGMにしている。英語の歌詞は理解出来ないが、その分、曲調だけが頭の中へ入って行き、音楽を意識する事無く、とても心地好くしていられるからだ。

 そして今日一日を振り返ってみた。

 想いを寄せていた裕弥に彼女がいない事が判ったが、裕弥の失恋話に、素直に喜ぶ気にはなれなかった。

 麻生さんは優しいからああは言ってたけど、本当に彼女に対して、もう吹っ切れてるのかな? もしかしたらまだ少し気持ちが残っているかも…。だとしたら新しく恋をするなんて、まだ考えられないだろうな。

 今日、話を聞くまでは、自分が裕弥と付き合うなんて絶対に有り得ない事だと思っていたが、彼女がいないともなれば、その可能性が全く無いとは限らないと、少し欲が出てきた。だが、今、想いをぶつけてみた所で、裕弥にとって理奈は、只の教え子でしかない。玉砕するに違いないだろう。だから今はまだ告白する時期ではないと思った。

 そうだ、理奈は告白するのではなく、された立場だった。

 告白してきた武田芳朗に対して、好きでもなければ嫌いでもなく、ただ同じ中学出身の顔見知りの同級生としてしか見ていなかった。だから告白の事も無く、文化祭で暇をしていて声を掛けられれば、何の躊躇も無く一緒に楽しんでいただろう。だが、事は起きてしまった。周りがそう言うのだ、これは理奈の早とちりではなく、やはり告白を受けたのだろう。だとすれば裕弥の言っていた通り、軽い気持ちで応える訳にはいかない。自分には好きな人がいると、はっきり断るべきだ。

 日頃恋に関してあまり縁の無い理奈には、少し勿体無いようにも思えたが、そういう問題ではない、気持ちの問題なのだから仕方ない。相手に期待させないよう、早い内に断っておこう。そう決意する。

 それより明日は久々に悠と遊ぶ約束をしたのだ。その事が理奈にとってはとても楽しみだった。

 幼い頃はよく遊んでいたが、悠が小学生で町内のサッカークラブ、中学でサッカーの部活と、忙しくしていてからは、遊ばなくなってしまった。今では学校へ登校するまでの通学路で会話をする程度だ。おまけに、今日発覚した悠の恋愛話など、以前は何でも知っていると思っていたのに、悠に対して知らない部分が増えてきていた。二人の距離が少しずつ離れてきている気がして、理奈にはそれが少しショックでもあった。

 普段は憎たらしくて、口喧嘩ばかりしているけど(というより、理奈が勝手に腹を立てていると言った方が正しいが)その分、明日は楽しく過ごそうと考えていた。


 まずは映画を観るんだっけ。どんな服を着て行こうかな? いつもはデニムにTシャツとかラフな格好が多いけど、少しは女の子らしい部分を見せて、ハルを驚かせてやらなきゃ。
 フフ…、ハルはあたしの事を女として魅力が無いとバカにしてるけど、あたしだって捨てたもんじゃないのよ! スカート姿の女らしくしているあたしを見て、あたしだって磨けば光るって事を判らせてやる。


 理奈は変な所で負けず嫌いな性格が現れる。悠が女の子たちにモテて、自分の知らない面を持っていたのが悔しかった為、悠の知らない自分も見せびらかせたいのだ。それが理奈にとっては、女の子らしくスカートを履く事に繋がるのだった。発想がとても単純で貧困だ。それが悠に伝わるかどうかは疑問だが、理奈は思い通りに事が進むのを信じて疑わず、悠が自分の事を見直す顔が浮かんで、嬉しくて顔がにやけた。

 
 あ、この曲…。


 ラジオから何度か耳にした事のある曲が流れる。勿論誰が歌っているかは知らなかったが、歌っている声と曲調が切なく感じてお気に入りの曲だった。

 体勢を横向きに変えて、頭の中を無にして聴いた。


 数分後、理奈は寝息を立てて気持ち良さそうに眠りに落ちていた。