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 暗黒の空には、何時もよりやや大きめの月だけが、グレープフルーツに似た黄色に輝いていた。

 住宅街から少し離れた、静まり返った駐車場にその人物はいた。

 口角のキュッと上がった、形が良く、縦に幾つかの線が入り、苺のように潤いのある美味しそうなその唇から、静かな息が零れる。

「………愚かな」

 吐き捨てるように呟いた。

 左手にだらりと下げた鋼は、先程奪った生気を吸い込んだかのように、怪しく冴えた光に満ちて、美しく映えていた。そして、その柄を持つ親指の位置をずらし、握り方を変える事によって、8センチ程度の小さなチップへと原形を戻すと、それをベルトに装着してあるケースへと嵌め込んだ。

 その時、小さな電子音が鳴る。

 顔半分が隠れる程のゴーグルの色は、反射する濃いブルーグレーで、その縁は銀で出来ている。縁にある薄いボタンに手を伸ばし、動きを止めた。

「………了解」

 誰かと会話をしたのか、少ししてから、低い声で言葉を返した。

 唇から零れていた呼吸は既に静まり、無表情に覆われたその顔からは、己の起こした行動に、少しも動じていない事を窺える。

 そして、ゆっくりと体を翻し、月に背を向け、しなやかに歩き出す。その身に纏っている黒い服は、月に照らされて濡れているかのように、怪しく光っていた。