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「おはよう」

 悠は教室に入り、自分の席へ着いた。

「ハル、昨日のドラマ見た?」

 同じサッカー部で仲の良い、沢井圭三が声を掛けてくる。

「あ?」

 気の無い返事をする。

「何? 機嫌悪いの?」

 確かに、普段より少し早めに起きた為、多少の寝不足気味であるのと、朝から理奈に何人の女の子から告白されたのかと問い質されたおかげで、不機嫌度が増していた。

「あ、そうだ。歴史のプリントやった?」

 済ませていない宿題を圭三に見せて貰おうと訊ねてみる。

「まだ」

「堀ちゃんは?」

 すぐさま矛先を変える。

 堀ちゃんというのは、このクラスで一番成績の良い堀友介の事で、宿題や授業でのプリント提出の時、何時も悠がお世話になっている生徒だ。

「まだ来て無いんじゃない?」

「ダメだ! 眠てぇぇー! オレ、今日一日機嫌が悪いかも」

「寝不足?」

「んー、それだけじゃないけどね」

 重たげに机に顔を伏せる。

「サトちゃん、おはよう」

 隣の席の、中西夏子がやって来た。

「んー」

 顔を伏せたまま目だけを開けて返事をした。

「あ、機嫌悪いの?」

 悠を一目見て気づき、横に立っている圭三に訊いた。

「寝不足だってさ」

「ゲーッ! 最低」

 夏子は不満げに自分の席へと着く。

 何故、自分が寝不足だと夏子が最低になるのか理解出来ない。そんな発言をする夏子に対して鬱陶しくさえ感じる。何時もの悠とは違って、友人のそんな些細な言葉にも過敏に反応してしまう。

 しかしそんな感情を表に出しても仕方ない。それより今は目先の宿題だ。

「中西、歴史のプリントやった?」

「うん」

「写させて」

「いいよ。プリント写させてあげるから機嫌直してね。ほら、イェーイ!」

 言って、悠の手を取り、自分とハイタッチさせる。

「もう、いいって」

 無表情で夏子の手を振り払う。

 何時もならそのノリに合わせる悠だが、生憎今日は機嫌が悪い。悪乗りする夏子に苛立った。

「中西ー…。ハル、本当に機嫌が悪いんだって」

 不穏な空気に、圭三がフォローを入れる。

「サトちゃん、おはよう!」

 去年同じクラスだった、隣のクラスの女子生徒二人が教室に入ってきた。

 悠たちには見えない所で、夏子との間に女同士の火花が散る。

 その内の一人、明るい髪の色でショートヘア姿の早苗が、とびきりの笑顔で悠に近づき、机の横に屈み込む。

「ね、文化祭だけど、一緒に回らない?」

 二週間後に行われる文化祭で、他に先を越されない内に悠を予約する為、逸早く先手を打ちに来たのだ。

「あー、オレ忙しいから無理」

 プリントを写しながらサラリと拒んだ。

「えー! もう誰かと約束しちゃったの?」

 チラッと横目で夏子を見た。夏子もそれに気づいて、長い髪を片手で後ろに払い除けながら視線を逸らす。

「オレら今年部活で屋台出すんだよね。焼きそば屋。食いに来てね」

 卆無く宣伝する圭三。

「なんだぁ、ガッカリ」

 言いながらも、ライバルに先を越された訳では無かったので、少し安堵した様子。

「サトちゃんが作るの?」

「別に決まって無いけど、1年がやるんじゃない?」

「オレらは売り子ね」

「じゃ、売上に協力するよ」

「まいど」

 今日初の悠の笑顔が見られた。

 悠の屈託の無い笑顔につられ、周りの女の子達も顔が綻ぶ。

 手早くプリントを写し終えると、礼を言って夏子に借りたプリントを返す。

「いる?」

 そして、今、写したばかりの自分のプリントを、圭三に差し出す。

「サンキュー!」

 言って圭三は、早速プリントを写す為、自分の席へと戻って行った。

「じゃ!」  

 と言って、この煩わしい状況から逃げ出す為、悠も圭三に着いて席を移動する。宿題も無事に済ませた事だし、やっと誰にも邪魔されずに仮眠を取る事が出来ると胸を撫で下ろし、また机に顔を伏せた。

 明らかに自分達から逃げたと判る様子に、流石にあそこへ着いて行く訳にはいかず、無言で視線を送る、取り残された女子達。

「………」