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 第二校舎から体育館へ向かう渡り廊下の途中に自動販売機が二台並んで設置してある。通路を挟んだ向こう側には剣道場と柔道場があり、その道場の前に幾つかのベンチが並んでいる。

 理奈たちはお昼休みを何時もここに座って過ごしていた。今日も何時もと同じく昼食を済ませて、買ったばかりの紙コップに入った温かいココアを両手で包み込む様に持って、ベンチに座って話している。

「なんだか、すごい話だねぇ」

 隣に座っているのは、河多美都(かわたみつ)、17歳。

 お人形の様にクリクリとした大きな眼、長い睫毛、透明感のある白い肌にうっすらと頬が紅く、ぽてっとした唇をしている。黒く真っ直ぐとした髪は腰の辺りまで伸びていて、キューティクルたっぷりのその髪には、当然の様に天使の輪が輝いている。身長162センチのすらりとしたモデル系だ。

 高校に入学して間もない頃、掃除当番で一緒になった時に、当時好きだった芸能人が同じだったという事で、意気投合したのをきっかけに、それ以来ずっと同じクラスという事もあって、今ではお互いに何でも話し合える親友となっていた。

「自分で相手を選択出来るなんて、まさに運命的だけど、その反面、責任重大だよねぇ」

 今は受験生という事で部活を引退してしまったが、元演劇部であった美都には少し妄想癖があって、こういった類の話が好きなのであろう。興味津々に聞き入って、大きな眼をキラキラと輝かせながら、独り言の様に言った。

「ねぇ、理奈は誰だったら嬉しい? あたしは、ジュリアンだったら最高に幸せ!」

 美都の頭の中には、今、ジュリアンの顔が浮かんでいるのであろう。トロンとした目で頬を紅潮させている。

 ジュリアンというのはアメリカの映画俳優で、正式にはジュリアン・グリーンといい、二十代前半のブロンド美青年の事で、美都が今一番お熱を上げている相手だ。本人曰く、名前の通り綺麗なグリーンの瞳に一目惚れしたらしい。

 美都に誰だったら嬉しいかと訊かれ、理奈の頭に一番初めに思い浮かんだのは、家庭教師の裕弥の顔だった。それで念わず赤面する。

 それとは関係なく、美都はずっと話し続けていた。

「それでね、それでね、ジュリアンが映画のPRで来日する時、あたしは花束を持って空港まで出迎えてね、勿論そこには他にも大勢のファンが駆け付けていて、ギュウギュウに押されながらも必死でジュリアンの傍に寄って、ジュリアンはそんなあたしに気づき、何百人もの中からあたしの花束だけを受け取ってくれるの! それが初めての出逢い。で、今度はあたしの方がお金を貯めてロスへ会いに行くの。勿論、そう簡単には会えないんだけど、お洒落なカフェで偶然会ったりして、それが何度か重なって出逢いのきっかけになるの。どう? どう? 素敵だと思わない?」

 美都は完全に空想の世界へ行ったらしい。持っているココアをチャプチャプ揺らしながら力説している。

 恐らく、実現しないであろうシュミレーションを、本人も決して本気で言っている訳では無いのであろうが、(と、これは理奈の予測に過ぎないが)とても幸せそうに語っている。理奈はそんな美都を見て羨ましく思う。そこには明らかに他人事であるという安心があるからだ。

 今朝、悠が言ってた言葉を思い出す。

 運命の相手の一人に会っているかもしれない。だが、理奈は今現在、恋愛などしていないし、今迄だって片想いが殆どだ。どう考えてもそんな出会いは思い当たらない。自覚が無く出会っているとするならば、クラスの男子など学校内の者か、いつも利用しているコンビニ、ファストフード店のバイトであろう人物か、それに家庭教師である裕弥くらいだ。

 最後に挙げた人物に念わず期待が高まる。しかし裕弥は大人だし、一度もそういう話しはしていないのだが、きっと彼女もいるだろうから、その可能性は極めて低いと、直ぐにリストから外された。

 ここまで考えてみたものの、やはり答えは出そうに無い。

 隣にいる美都は、あれだけ顔を輝かせてジュリアンとの将来を語っていたのに、在る所に考えが行き着いたのか、今はガックリと首を項垂れている。

 周りでは楽しそうに昼休みを過ごしている生徒達が行き交う。その中で座っている二人の姿だけが暗く沈んでいた。 

 そんな二人は、共にカップの中のココアを見つめ、同時に大きく溜息を吐いた後、ココアを口にしたのだった。