「藤木様……藤木様」

遠くで私を呼ぶ声がする。
その声を辿るように、私は声のする方へ向かう。

「聞こえますか? 藤木様」

ハッと目を開けると、目の前にサトルの顔があった。
いつの間にか私は、最初にサトルに出会った部屋のソファーに座っていた。
向かいのソファーでは、サトルが前に会った時と全く同じ格好で、タブレットPCを手に座っている。

「お約束の時間になりましたので、こちらにお越しいただきました」

「あ、そっか。十二時になったんだね」

サトルはうなづいた。

「三十日間、おつかれさまでございました」

サトルは真面目な顔のまま、「今言ったおつかれさまは、疲れるの意味のお疲れ様で、けして憑かれるとかけたわけではないですよ」と、聞いてもいないことを言った。

「お憑かれ様です、ってね」

サトルは空中に『憑』と指で書きながら笑う。

「まったくそんなこと思わなかったし、全然おもしろくもないね」

「あれ? そうですか? 私の渾身のギャグなんですけど」

それはさておき、サトルは言う。

「藤木様が松川陽子さんに憑依していた間に、藤木様の臓器が無事に他の方に移植されたそうなのでご報告しておきます。術後の経過もいいそうですよ」

「ああ、そっか。私の内臓を他の人にあげたんだっけ」

なんとなく痛いような気がしてお腹に手を当てる。もちろん、別に痛くもかゆくもないのだけど。

「どんな人なんだろう」

「なにがですか?」

「私の臓器、どんな人の体に移植されたのかなって」

サトルはああ、とうなづいて、タブレットPCを操作した。

「提供された臓器がどなたに移植されたか
、ご家族様には秘密なんですけどね、ご本人さんにはいいでしょう。こちらの三人です」

サトルの見せてくれたタブレットPCにはひとりの男の人とふたりの女の人の写真と簡単なプロフィールがうつしだされていた。

私はその三人をじっと見つめた。

この三人は、私の代わりにこれからも生きていける。
うれしかった。
涙が出そうだった。

「この三人からの手紙は匿名ではありますが、移植コーディネーターを介してご家族様に届けられたそうですよ」

「そっか」

「妹さんがいましたよね?」

「沙耶のこと?」

「ええ。看護学部を目指されているらしいですね」

どうしてそんなことまで知っているのだと思いながらも「そうだよ」と答える。

「妹さん、今回の臓器提供を通じて、移植コーディネーターになりたいという夢をお持ちになったそうですよ」

「移植コーディネーター?」

「ええ。医師や看護師の免許を持っている人がなれる職業なんですが、臓器提供する方とされる方の橋渡しをするらしいです」

そんな仕事があるんだ。
だけど、沙耶ならきっと大丈夫。

「軽い気持ちであなたにドナーカードの記入をさせたことに対して罪悪感があったみようで、最後まで臓器提供に反対されてたみたいですけど」

「確かによく理解もせずに書いたといえばそうだけど、沙耶が言ってくれたおかげで私は他の人の体の中で生き続けていけるって思ってるよ」

「ええ。きっと、それでも移植コーディネーターになろうと思われたのは、藤木様の気持ちが伝わったからかもしれませんね」

「よく出来た妹だよ、ほんと」

志の高いよく出来た妹を持つと姉は本当に……。

誇らしいよ。