居酒屋を出てみんなと別れると、私は電車に乗り込んだ。

時刻は午後十一時。
最後にもう一度、自分の生まれ育った街を見ておきたいと思った。
家族に会うつもりはなかった。
もうあと少しで陽子さんの体に憑依しているのも終わりなんだけど、もしここで約束を破ってしまったら、最後の願いも聞き入れてもらえない。

ただ、最後に梨央としての十八年間を見ておきたかったのだ。

駅を降りると、私はゆっくりと歩き始めた。
駅前のコーヒーショップにも角のコンビニにも古びた商店街にも変なスローガンが書かれた看板も、なにを見てもそのひとつひとつに思い出がある。

あと少しで我が家が見えるところまで来て私の足は止まった。
街頭の明かりの下、道の隅になにか置いてある。
近づいて見ると、それはたくさんの花束だった。

「あ……」

そうか。
ここは私の事故現場だ。
私が死んだ場所。

そっとしゃがみこむと、花束の他にお菓子や飲み物のペットボトルがたくさん置いてあることに気づく。

どれも私の好きだったものばかりだ。
小学生の頃、近くの駄菓子屋さんでよく買って食べたお金の形をしたチョコレート。
中学生の頃、部活の帰りにみんなで食べた
スナック菓子。
最近、はまってこればかり食べていた棒つきキャンディ。
その中には、駅前のコーヒーショップのブルーベリースコーンもある。

ひとつひとつ、手にとっては戻した。
それを置いてくれたであろう人の顔をひとりひとり思い浮かべながら。

その時、ジュースのペットボトルの中に、ひとつだけ缶があるのに気づいた。

「これ……」

それはビールだった。
いつもお父さんが飲んでいたもの。
プリン体がどうとか言って、これなら健康そうだし、なんて言いながら飲んでいたやつ。
『健康を気にしながら飲むくらいなら飲まなきゃいいじゃん』
沙耶に言われて『それもそうだな』と笑っていたお父さん。

「未成年者の事故現場にこんなものお供えするか?」

くすくすと笑いながら、ビールの缶を元の場所に戻そうとして、手がとまった。

思い出したのだ。

『梨央が二十歳になったら一緒に飲もうな』と小さい頃、お父さんと約束したことを。

最近では、あまり話すこともなくて、会話もしてなかったけれど。

私が二十歳になって、一緒にこのビールを飲む日をお父さんはきっと楽しみにしていたんだ。

「……お父さん、一緒に飲もうか」

乾杯、とつぶやいてプルタブに手をかける。
ビールはぬるかった。
でも、今まで飲んだ中で一番おいしかった。