その男は、サトルと名乗った。

まるで研究室のような、白くて真四角の部屋の真ん中に、ぽつんとガラスのローテーブルが置いてある。

それを挟むように置かれたグレーのソファに私とサトルは向かい合って座っている。

この部屋には窓がなく、昼なのか夜なのかもわからなかった。

さっきサトルからもらった『株式会社 ネクストワールド』という会社名と、カタカナでサトルとだけ書いてある名刺は、そのピカピカと白く光るテーブルの私の手元に置いてある。

サトルはグレーの細いストライプのスーツを着た、三十歳前くらいの中肉中背のおじさんだ。

いわゆる就活生がするような短めの黒髪。まるでスーツのコマーシャルに出てくるお兄さんみたい。こういう髪型をしていれば面接官の受けは悪くないですよ、という見本みたいな髪型だ。

顔に特に大きなほくろがあるとか、眉毛がものすごく濃いとかいうこともなく、眼鏡もかけていない。

顔はまぁ、悪くはない。
イケメンかと聞かれれば、私は首をかしげてしまうけれど。

声が渋いとか、反対にすごく高いとかいうわけでもない。

つまり、サトルにはこれといった特徴がなかった。
なにもかもが平均、平凡。
一度や二度、会ったくらいではきっと人の記憶には残らない。

「あいつ、なんて名前だっけ?」
挨拶をにこやかにかわした後で、きっと心の中ではこんな風に思われるに違いない。

そういえば、探偵はこんな人が向いているって前にテレビでいたことがある。
顔や体型や雰囲気に特徴がある人だと、尾行しているうちに対象者にばれてしまうかもしれないからって。

「聞いていますか? 藤木(ふじき)様」

サトルの問いかけにに私は「まぁね」と返事をしたけれど、本当は全然理解などしていない。
とりあえず、こういうときは『まぁね』と適当に返して時間を稼いでいるだけなのだ。

「もう一度、ご説明したしましょうか?」

「だね」

サトルは表情を変えずに、ただソファに浅く座りなおし、テーブルに置かれた書類の束をぺらりとめくった。