「うそでしょう……」

そう呟いたのは間違いなく私のはずなのに、その声は私の声じゃない。

「あ、あ、あー」

マイクのテストをするみたいに何度も出してみた声は、やっぱり私のものじゃないのだけど、それは私の意思で発せられている。

つまり。

「夢じゃなかったのか……」

私はどうやら無事に、松川陽子さん、三十八歳になってしまったらしい。

「アラサー……じゃなくて、アラフォーっていうんだっけ」

三十八歳、立派な、もうそれは大変立派なおばさんである。
だけど、わがままなんて言えない。
だって、本当は私はもう死んでいて、お葬式もされちゃったのだ。

そう言えば、お葬式の写真、よりによってあんまり気に入ってない写真を使ってたな。
加工アプリで盛れてる写真がほかにたくさんあったでしょうに。
なんであんな写真を使うかな。

それはそうと目が醒めてからもうすでに十分ほど経ってしまっているというのに、なんだか起きようという気にならないのはどうしてだろう。

寝起きだというのに、オールで遊んで帰って来た時くらい体がだるい。
一回死んじゃったからなのかな。

仕方がないので、ベッドで横になったまま、部屋の中を見える範囲だけぐるりと見渡す。

私の部屋よりずいぶん広い。
たぶん、これはワンルームとかいう間取りだ。

窓際に今私が寝転んでいるベッドが置いてあって、部屋の真ん中にライトグリーンの丸いカーペットが敷いてあり、二人用くらいの小さいテーブルが置いてある。

部屋は全体的に薄いベージュとライトグリーンで統一されていて、壁には直接取り付けられるウォールシェルフでいわゆる見せる収納をしているみたい。

ガラスのコップに入った観葉植物や、藤で編んだかご、茶色の背表紙の小説なんかがバランスよく見映えよく置かれている。
壁際にはパソコンデスクが置いてあり、見たところ難しそうな本がたくさん並んでいた。

「おしゃれな部屋だなぁ」

部屋全体に統一感があって、しかも整理整頓もきちんとされていて、逆に私みたいに、少し、いやかなり散らかっていたほうが落ち着くような人間が入っちゃいけない部屋なのではないだろうか。

三十日間、なるべく散らかさないように生活しなくちゃな。

「あいてててて……」

一通り見渡し、ベッドから見えない場所を見ようと起き上がったら、背骨がポキポキッと音をたてた。
それどころか、膝をたてると膝の骨が、首を倒すと首の骨がいちいち音を立てる。

もう一度、ベッドに倒れこみたくなる気持ちをおさえて、トイレに向かう。

不思議なことに、初めての部屋なのに、どこがトイレかなんとなくわかるのだ。
陽子さんの記憶というか、意識がどこかにすこし残っているみたい。

トイレに向かう途中、部屋の壁に掛けられた丸い時計を見ると、まだ六時前だった。
陽子さんはとても早起きな人らしい。

トイレから戻るとライトグリーンのカーテンを全開にする。
窓から差し込む三月の朝の光を目を閉じて身体中に浴びた。
十八歳でも三十八歳でも、降り注ぐ太陽の光はおんなじだった。
当たり前だけど。