「やっぱり、ケイトには言った方が良かったかな」


 レイフの背中に向かって、ギースが独り語つ。さも悲しげにポツリとつぶやいたのは、もちろん、ある種の効果を狙ってのことだ。


「最初は、いろいろなことが重なったショックで本当に口がきけなくなったけど、その後はレイフ王子の悪知恵、いや、命令のせいで口がきけないふりをしていたんだよな。それとも、脅されたせいで、口をきくのが怖かったと話した方がいいかもしれない。いや、まてよ・・」


「わかった、わかった。俺が悪かった」


 レイフは、眉間にしわを寄せて、面倒そうに謝罪を口にする。


「『俺』ねぇ。『私』じゃないんですね。さっきまで『私』と言っていたような気がしますが。で、何を謝るんです? ケイトに口づけたことですか?」


 呆けた兄の仮面などと、余計な軽口を言わなければ良かった、とレイフは軽く後悔した。自分の嫌味などよりも、ギースのじわじわとした攻撃の方がよほど心臓に悪そうだ。


「違う。お前に呆けたふりをしろと言ったことだ。それを誰にも悟られるなと、確かにそう言った。お前が妹だけは騙したくないと言ったのに、絶対に話すなと、俺がそう命令したんだ。悪かったと思ってるよ」


 レイフは観念して、素直に謝った。実際、ギースには酷なことを強いてしまったと心の底から思っている。しかし、レイフは、一瞬の間をおいて、低くつぶやいた。


「ケイトリンのことは・・謝るつもりはない」


「そうですか。わかりました。つまり、泣かせる気はないということですね」


 ギースは、人のよさそうな笑顔を見せたが、瞳の奥は真剣だった。