「ケイト様。仮面の盗賊のことは、もうこれ以上考えるのはおやめください。考えても致し方ないことでございますよ」


 鏡の前に座り、ケイトリンは目を伏せた。


「義賊って、貧しい人や虐げられている人を助けるのでしょう? 彼は、民衆にとても人気があると聞いたわ」


 鏡の向こうにいるマノンを見つめる。マノンの視線は、彼女の両手に集中していた。


 ケイトリンの頭の上でせわしなく動くマノンの手によって、ケイトリンの艶やかな髪が、瞳の色と同じ青いリボンで器用に結い上げられていく。


「お父様は、貧しい人々を虐げているの?」


「ケイト様・・」


「敵って、きっとそういう意味なのでしょう?」


 ケイトリンは、レイフに言われた言葉を自分なりに考えていた。


 本当は町へ出て直接人々の話を聞いてみたかったが、内々にとはいえ王太子に嫁ぐことが決まった身では、そう簡単に庶民と交流することはできない。その代り、ケイトリンは屋敷で働いている貴族ではない者たちにこっそりと話を聞いて回っていた。

 
 仮面の盗賊のことを悪くいうものは一人もいなかった。貧しいものの味方だと、ほとんどのものが彼の支持者のようだった。ケイトリンに遠慮して、大っぴらに言及することは避けていたが、屋敷に侵入した彼が、いったい何を盗んでいったのか皆興味津々だった。


「さあさあ、未来の王妃様になるお方が、そんな暗い顔をしていてはいけませんよ。亡き奥方様に似て本当にお美しくなられて」


 鏡の中のマノンが微笑んだので、ケイトリンも笑顔を作った。