突然胸倉をつかまれた格好になった影は、一瞬「うっ」とうめいたが、すぐにため息交じりの低い声でケイトリンを落ち着かせようと試みた。


 だが、ケイトリンの混乱が治まる様子はない。両目を固く閉じたまま、今度は両手で両耳をふさいだ。


「おい。大きな声を出すな! ただの雷だ」


 その間にも、泣き声とも悲鳴ともつかぬ甲高い声が、間をおかず、男の鼓膜を襲ってくる。


 自分を恐れて悲鳴を上げるならともかく、どうして雷なんかが怖いのか。男は、自分にすがって震えるケイトリンの肩を抱き寄せた。
 

 幸い、雷鳴にかきけされて、ケイトリンの悲鳴は他には届いていない。だが、これ以上騒がれるのは、屋敷に忍び込んだ男としてはありがたいことではなかった。


 男は、ちっと舌打ちすると、密着するケイトリンの顎に指をかけて上を向かせ、彼女の唇を自分のそれでふさいだ。


(な、何? いったい何が起こっているの?)


 ケイトリンは突然息ができなくなり、涙で潤んだ瞳を大きく開いて事態を把握しようとしたが、明かりのない部屋では視界で何かを判断することは難しかった。


「んんっ」


 息を吸おうと唇を開くと、口の中に何かが押し入ってきて、ケイトリンの舌に絡む。わけがわからず、夢中で両手を振り上げると、全身をがっしりとしたものに包まれた。


 頭の芯がしびれたように力が抜けていく。今までに感じたことのない何か。全身を拘束されているのに、不思議な安心感を覚える。


 ケイトリンは、再び瞼を下すと、その心地よさに身を委ねた。ほんの少し、息を継ぐのが苦しかったが、あれほど感じていた恐怖が頭の中からすっかり追いやられた。


 ケイトリンが静かになると、男はゆっくりと唇を離し、今度は彼女の後頭部を自分の胸に抱き寄せた。大きな掌が、何度もケイトリンの後頭部を往復する。


(なんだか、とても落ち着くわ)