ふたりきりになると部屋の温度が一気に下がったように感じて、ケイトリンは身震いした。開いた距離からでも、ファビアンの体から酒のにおいがするのがわかる。


「お久しぶりです。ファビアン様」


「嫌味のつもりかい? 同じ城の中にいながら、僕が君に会いに来ないから」


「違います。そんなつもりでは・・」


 ファビアンは、自分に向いたケイトリンの体をくるりと鏡の方に向けると、後ろから抱きしめて耳元で息を吐いた。


「ねえ、ケイトリン。君、本当に乱暴されなかったの?」


「ファビアン様・・」


 ケイトリンの顔が曇った。酒のにおい以上に彼女を不快にさせる。ファビアンからこの質問をされるのは何度目だろう。そのたびにケイトリンは否定した。


「何もされておりません」


 教会を出て屋敷に戻った後、ケイトリンは城の中に一室を与えられていた。婚礼の準備という名目だったが、ロッソの屋敷よりも警備が行き届くだろうというのが本当の理由だった。ケイトリンが仮面の盗賊にさらわれたことが周知になると、その場にいたファビアンの名誉にもかかわってくるため、事情を知る者以外には秘密にされていた。


「本当かなぁ。君のように若くて美しい女性を前にして、盗賊が我慢できたなんて、僕には信じられないんだよね。大体、君が帰ってくるまでにずいぶん時間がかかったじゃない? それまでどうしていたの?」


 ファビアンは、ケイトリンの肩の上で両手を交差し、蛇のようにからみつく。


「捕えられている間は目隠しをされていたので、細かいことはわかりません。ある日馬車に乗せられて、気付いたら屋敷の近くに下されていたのです」


 ケイトリンは、前回と寸分たがわぬ説明を返した。


 ファビアンは、自分から尋ねた割には「ふうん」と興味がなさそうに返事をする。そのまま、ケイトリンの頬に口づけようと唇を寄せた。


 その気配にケイトリンは思わず目をつぶり、身を固くする。


 ファビアンは、ケイトリンの表情を鏡越しに見つめると、突然彼女を解放した。


「いいことを思いついた。あいつにも聞いてみよう」


 ファビアンは、ケイトリンの手を引くと、強引に歩き始めた。