フェルナンドは一気にしゃべると、一度息を吐いて、手元の杯を見つめた。ガラスの器ならその向こうが透けて見えるだろうが、木製の杯ではその向こうは想像するしかない。


「けれど、レイフ様が立ち上がろうとしているのは、ご自分の復讐のためではありません」


 それが、レイフがこの十年間、反旗を翻すことなく体の弱い王子を演じていた理由だ。


「民のため、ですね」


「そうです。レイフ様は、自分がアルフォンス王と王位を争うことで、国が荒れるのを恐れたのです。アルフォンス王が賢王ならば、レイフ様が立つ必要はなかった。しかし、アルフォンス王が即位してこの方、税は上がり民の暮らしは悪くなる一方です」


 ケイトリンは、ロッソの名が出るたびに胸が痛んだ。父のために、レイフはどんな思いをしていたのだろうか。そして、何も知らずロッソの庇護下にいる娘の自分を見て、何を考えたのか。


「それで、犠牲者が増えると言うのは? 犠牲者を出さない方法はないのですか?」


 フェルナンドは、横目でギースの表情を確認する。


「いちばん手っ取り早い手がなくもないのですが、皆が賛同しないでしょう。第一あなたにも酷な話ですから・・。正攻法で戦を起こすとなると、双方に犠牲者が出るのは仕方のないことです」


 言葉を濁すフェルナンドに、ケイトリンは身を乗り出して彼の目を見つめた。自分にできることがある。レイフの力になれる。しかも、犠牲者を少なくする方法が。


「どんなことですか?」


「いや、でも、これは」


 言い渋りながらも、フェルナンドは冷静にケイトリンの様子をうかがう。


「お教えください。先生」


 そう言われることを待ち構えたように、フェルナンドは、ケイトリンを見つめ返した。


「あなたが、もう一度家に戻って、ファビアン王子と結婚することです」