[第1章:仮面の盗賊]


 大きな雨粒が、部屋の窓を何度も激しく叩く。雨の多いミルド国では激しい雨音など日常茶飯事のことだが、いつもと違うのは、その雨音に混ざって、何かを叫んでいるような人の声が聞こえることだ。


「マノン? いったい、何があったの? ずいんぶんと騒がしいようだけれど。とにかく部屋の明かりをともしてくれる?」


 ケイトリンは、部屋に入ってきた人の気配に、ベッドから上半身を起こした。長い指で金色のふんわりとした髪を耳にかけると、頬から顎のほっそりとした線が露わになる。若者が虜になると評判の青い瞳が部屋の扉を見つめた。

 こんな夜更けに自分の部屋を訪う人間など、乳母であり侍女でもあるマノン以外にない。


 おそらく、雷を予感して、怖がりの自分のためにあかりをともそうと部屋を訪れたに違いない。それとも、この騒がしい物音に自分が目を覚ましていないか、確認に来たのかもしれなかった。


 どちらにしても、仕事の速い彼女のことだ。「今すぐに」という返事とともに、すぐに部屋が明るくなるはずだった。


 ところが、しばらく待っても返事がない。部屋は闇に包まれたままだ。


 ケイトリンは不思議に思い、足元にかかっている毛布をはぐと、寝台から若い女性らしいすらりとした足を下した。手さぐりで寝台の脇にかけておいた外衣を取ると、寝衣の上から手早く羽織る。


 騒がしいはずだ、とケイトリンは思った。部屋の窓が開いて窓かけが揺れている。この強風で窓が開いてしまったのだろう。良く見えないが、床はぐっしょりと雨に濡れているに違いない。


マノンがいれば、まっさきに窓を閉めるはずだ。どうやら、マノンがいると思ったのは、思い違いだったらしい。ケイトリンは、足先で床を蹴って立ち上がり、窓へ近づいた。


 その時、1本の青白い閃光が、真っ暗な天を刹那に引き裂いた。


 稲妻が瞬間的に部屋の中を照らすと、ケイトリンは、はっとして青い瞳を見開いた。


(誰かいるわ! マノンではない!)