「マーメイドちゃん」


中学、高校と水泳部に所属していた私に付けられたニックネーム。

海辺の町で育ち、幼い頃から水泳が得意で大好きだった為か、厳しい部活の練習にも耐え抜き、数々の賞を総ナメてきた。


高校時代までは、割と順風満帆な人生だったと思う。
だけど、大学卒業と同時に一転。就職難に見舞われて、泣く泣く地元にUターンした。

そこで高校時代の恩師に紹介された仕事の面接を受けに行ったら受かり、今では有名グループ企業が経営するリゾートホテルで働いている。



「マーメイドちゃん」


今日も佇むカウンターの背後から声がする。
結婚してもいい年頃の女性に「マーメイドは止してよ」とは言えもせず、スマイル、スマイル…と心で念じながら振り返った。



「何でしょうか?大川主任」


コンシェルジェを務める大川さんを見つめ、ニコッと営業用のスマイルを浮かべる。

この職場では何故かニックネームでしか呼ばれない。
橋本花梨(はしもとかりん)という、立派な名前が付いていても…だ。

学生時代の輝かしい成績を知っている人が大勢いる中で仕事をしてるのだから無理はないと思う。
だけど、上司の貴方くらい戸籍上の名前で呼んでもいんじゃないの?

マーメイドちゃんよりも、花梨ちゃんの方が遥かに呼びやすいよ?


「別に何でもないよ。今日も一段と綺麗な足だね」