ハヤトだった。
ビールジョッキを片手に、ニヤニヤしているソイツは、この間、浮気現場を目撃されたことなんて忘れてしまったかのように、平気な顔をして隣に座った。

私はあからさまに、距離をとる。

「着信拒否してるだろ」
「もう連絡とる必要ないでしょ」
「まだ怒ってんのかよ」
「……」
「なぁ、この後、俺んち来るだろ?」
「……は?行くわけないでしょ。顔も見たくない」

きっぱりと言い放つ。
ハヤトは不愉快そうに、セブンスターの箱から煙草を一本取り出して、火をつけた。

「ふーん、今はその、カッコいい美容師、とかいうのにハマってるわけか」

甘ったるい柔軟剤と、ニコチンが混じり合った臭いに吐き気がする。
あの不健全極まりない、暗い部屋の様子を思い出して、最悪な気分になった。


「アンタに関係ないでしょ」
「どうせ、アソばれてんだよ」
「……放っておいて」

ソウちゃんは、そんな人じゃない。

「お前なんて本気にされるわけねぇだろ」

あんたに何が分かるっていうの。

「大体、お前は男に依存しすぎなんだよ」

私は言葉が出てこず、ハヤトを思い切り睨みつけることしか出来なかった。

「なんだよ。文句あんのか」

態度が気に食わなかったのか、ハヤトは私の髪を掴み引っ張った。
無理やり合わされる目線。
ふーっと煙草の煙を顔面に吹きかけられて、目がしみた。

私の髪を、大切に扱ってくれる、ソウちゃんの手の温かみを思い出して泣きそうになった。

「汚い手で触んないで」

過去には、されるがままに弄ばれた手。
私はそれを、パシリと払いのける。

「ハッ。汚ねぇのはお前だろ」

ハヤトは鼻で笑った。
反論できなかった。
自分の汚い過去が、まざまざと蘇ってきて、それまるで悪夢のようで。


「……っ」
「なあ。お前、影で何て呼ばれてるか知ってる?」

ハヤトは勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。



--オマエ、カゲデ ナンテヨバレテルカ、シッテル?



「教えてやろうか」


ききたくない。



「   、」