シルディーヌが記憶をたどっていると、アルフレッドが飛び込むように食堂の中に入って来た。
その焦った様子は、シルディーヌが今までに見たことがないものだ。
「フューリ殿下! お呼びいただけば、なにをおいても即刻参上いたしました」
アルフレッドがシルディーヌの隣に立ち、フューリ殿下に敬意を示して礼をとる。
「なにをおいてもかい? 果たしてそうかな?」
殿下はチラリと意味ありげな眼差しをシルディーヌに向け、アルフレッドは「殿下、勘弁してください」と気まずそうな、唸るような声で申し上げている。
ふたりが言葉を交わす様子は、殿下と騎士団長という関係だけでない親しさを感じた。
「え? ええ!? 本当に、殿下!?……で、ございますか」
シルディーヌは遅ればせながらも驚きの声を上げ、すぐにハッとして口を押える。
王宮に来た初日に、本宮殿の回廊を臣下と共に歩いていたのを、遠くから拝見したことを思い出した。
でもまさか、王太子殿下の胸に鼻をぶつけた上に、腕の中に入れてもらえるとは、天からぶどうジュースが降ってくるように有り得ない出来事だ。
シルディーヌの身分では謁見すらも許されないお方なのに、後にも先にも、これっきりの最上のこと。
しかも言葉を交わしたとは、生涯忘れないようしっかり記憶にとどめておくべきだ。
それにしても、なんて素敵なお方だろうか。
優しく広い心を持ち、とても快活な人柄のよう。


