「明日から嵌めろ。」



席に腰掛けて資料を手に取った副社長にお辞儀をした。



「はい。」


「仕事に戻れ。」


「失礼します。」



少し怒った感じの副社長に背を向けて、静かに部屋を出ていった。



「はあ~。」



廊下で大きな溜め息を漏らした。壁に凭れて目を閉じる。



『一日だけ嵌められたダイヤの指輪。社員の噂になるのに気づかないか?』



副社長の言葉が頭を過る。



「やっちゃったかな?」



一人言が静かな廊下に響いた。閉じていた目を開けて気持ちを切り替える。



「仕事をしないと。」



秘書課へと戻ることにした。


廊下を進んでいれば、佐伯課長とすれ違った。社長室へ行くのだろう。


チラリと見上げれば目と目が合う。



「幻の指輪はしてないのか?」


「幻の指輪?」


「返したのか?尚輝に。」


「返してません。」


「噂になってるぞ、松井。」



仕事モードではない賢人がニヤリとした。そのまま社長室へと向かう背中を見送った。