きまり悪げに苦笑いを浮かべる都は「舐めれば大丈夫よ」と指に唇をつける。
ちゃんと消毒しなきゃ雑菌が入るかもしれない。消毒と絆創膏を持ってきて俺が手当てすると、都は再び野菜に向き合いだした。
俺はもうそのおぼつかない手に目が離せない。


「…都、猫の手だ」

「え?」

「左手はこうやって丸めて添えるんだ」


次こそは指を切り落とすかもしれない。あまりの危うさに見かねて俺がつい口を出すと、都は戸惑いながら左手をわきわきし、


「…こう?」


と左手を顔の横にかかげて、首をかしげた。

…やばい。
可愛い…。

その仕草は反則だぞ、都…!

「…そう、その手…」と上の空で返事しながら俺は、高鳴り始めた胸に手を余す。
だめだ、落ち着けと胸の中で念じるが、高揚は治まることを知らない。
スイッチが、俺の中ですでに入ってしまっていた。

都の背後に移動し、抱きしめるように両腕を伸ばす。


「俺が教えてやるから、ちゃんと覚えろよ」


そうして俺は都の可愛い耳に唇を近付け、わざと声を低くして囁き、その両手に俺の両手を重ねて、ゆっくりと包丁を動かす。


「滑らすように動かして…そう、すごく上手だ…」


従順なその手の動きを褒める時は、都の耳元で静かにやさしく囁く。
こうすれば、都の身体の芯にも徐々に熱が灯りだすのを俺は知っている。
そうしてその熱が俺の熱と同じになるまで、丹念に言葉を尽くして、追い詰めていく。

だがもう俺の身体は限界だった。身体が都を求めている。
都の香りや体温を腕の中におさめれば、理性で抑えていた本音が堰を切ったように溢れてくる。

もう俺は、こんな半端な生活、限界だった。

恋人ごっこは楽しかったというのに、同僚ごっこのつまらなさときたら。やっと手に入れた都と味気ない距離を置いて、ただの同僚を演じることが、どれほどしんどいか。


「しゅう、すけ…」


都が頼りなげに掠れた声を上げた。
無理もない。俺の唇が、都が弱い首筋をなぞっているのだから。


「…くす、ぐったいってば…! だめ…っ」


その甘い声に抑えきれなくなって、俺は包丁を退かせ、都を振り向かせてキスをする。
ブラウスのボタンを外し、ふわりと包みこんでくる都の甘い香りに我を失い、やわらかく白い肌に唇を寄せる。


「待って、柊介…っ、ご飯、作れないよ…っ」

「…悪い。今は都が欲しい」

「え…っあ…!」


ベットルームへ連れ去るため、俺は都を抱き上げた。