「もう、武藤さんマイペースなんだから」
田中さんがやれやれと瓶ビールを持って立ち上がった。
「武藤さんのところに行ってきます」
「え?」
「今日ここに来る前に現場に行ってたんです。労ってあげないと」
「じゃあ行ってらっしゃい」
「美優さんも行くんです!」
「え!?」
田中さんの言葉に驚いた。武藤さんのそばに行くなんて無理だ。私はこのテーブルでのんびり飲んでいるから田中さんだけで行ってほしい。
「私が退職したら武藤さんと美優さんが組むんですよ。今から打ち解けておかないと」
「でも……ちょっと……」
渋る私を無理矢理立たせて田中さんは武藤さんが座るテーブルまで引っ張っていった。
田中さんは入社してからずっと武藤さんの下で仕事をしてきたから彼の性格や行動を理解しているのだろう。けれど私には距離を縮めるつもりはないのだ。
私が後任になることが通達されたばかりだ。私は渋々引き受けたけれど、武藤さんはどう思っただろう。きっと同じく最悪だと思ったに違いない。一緒に仕事をするなんてとんでもない事態だ。
その事を武藤さんと話したことはない。いずれ引き継ぎをしなければいけないのだけれど、私も武藤さんもお互いを避けている。
「武藤さんお疲れ様です」
明るく武藤さんに話しかけ隣に座った田中さんは自分でグラスにビールを注ごうとしている武藤さんの手から瓶ビールを奪ってグラスに注いだ。
「あ……」
口をぽかんと開けたまま武藤さんは固まった。ビールを奪った田中さんに唖然としたのか、私がテーブルを挟んで武藤さんの前に座ってきたことに困惑したのかはわからない。



