「そうですか……それは嬉しいな……ありがとうございます」

武藤さんは今までの私への冷たい態度からは信じられない機嫌の良さそうな笑顔で自分のデスクに戻っていった。
本当は課の違う武藤さんに渡すつもりはなかったのだけれど、思わぬお土産を頂いたお礼のつもりだった。女性社員が武藤さんに下心を持ってチョコを渡すとしても、私は武藤さんが苦手だ。

バレンタインなどの季節行事の際は会社が忙しくなる。この季節に商品を販売して儲かる会社も多いのだろうが、女性だからと気を遣って同僚に配らなければいけないバレンタインは金銭的にも少々苦痛だった。

本命チョコも呆気なく食べられちゃったし……。

昨夜正広に拒否されたことを思い出して気持ちが沈んでしまった。今朝起きてからもいつも通り朝食を一緒に食べて、いつもと変わらず出勤した。
社会人になったばかりの頃はお互いの家に泊まった翌日はいってらっしゃいのキスをしたものだ。そんな初々しさはもうとっくに消え去ってしまった。正広なんてきっと私との甘い思い出なんてきれいさっぱり忘れたのだろうけど。



◇◇◇◇◇



部長に会議室に来いと言われて私は足取りも重く会議室に向かった。呼び出されるなんてこの時期は人事異動の件に違いない。もしかして異動することになるのだろうか。今の環境が気に入っている。もし山本さんの下を離れて2課に配属でもされたら武藤さんに近づいてしまう。

「失礼します」

恐る恐る中に入ると部長はニコニコと笑顔で私を迎えた。

「戸田さん座って」

「はい……」

部長に促されて向かいの席に座った。

「田中さんが結婚することは戸田さん知ってる?」

「え?」