犬飼たちが自分たちの部署に戻っても誰も席にいなかった。
 じいさんも出かけたままのようだし、他のメンバーも席にいない。

 なんで誰もいない時に限って面倒が起こるのか…。

 嫌々、美雨を見ると何かに耳をそばだてているのような素振りをしていた。
 しばらくすると扉が開く。

「あの…。
 失せ物捜査課はこちらですよね?」

 そこに立っていたのは年配の女性。

 この人が来るのを感じ取っていたのか?
 かなり前からだぞ。そんな馬鹿な…。

 疑念の眼差しで美雨を見ても呑気にあくびをしている。

 思い過ごしか…。

 そう思い直すとやって来た女性に視線を向けた。

 やつれたように見受けられるその人は犬飼の「…はい。こちらが失せ物捜査課です」の返事に安堵の表情を浮かべた。

「迷い猫は落し物と同じ扱いにされて寂しい思いをしてたのよ。
 うちのミケは物じゃないわ。家族なのに。」

 落胆した様子の女性に、また面倒が転がり込んできた。と、犬飼も落胆する。

 しかしそれを見せないように努めると話を先へと促した。

「遺失物は会計課ですが、そこでここを紹介されたのですか?」

 淡々と事務的に話を進める。
 確認しないといけないことはたくさんある。

「はい。「物じゃないんです!捜索願を出したいんです!」と延々と訴えたらやっと「失せ物捜査課へ」と教えてくれました。」

 んっだよ。こっちに押し付けないで会計課でちゃんと処理してくれよ。

 心の中で何度目になるか分からないうんざりする気持ちを押し殺す。

 面倒なことは失せ物に回せばいい。

 そういう風潮が警視庁全体にあった。
 こんなことは慣れたものだ。

「では、その…ミケ……でしたっけ?
 そのミケがいなくなった経緯や日時等、詳しいことを教えて頂けますか?」

 記入用紙を引き出しから一枚出してペンを片手に質問を並べる。

「外に出たことはない完全な家猫だったんですよ。
 私が出掛ける時だってドアを開けても出たそうにしたことは一度もないの。
 なのに3日前に急に飛び出して…。」

 思い出したのか悲しそうに眉尻を下げ、肩を落としている。

 他にも必要事項をいくつか聞いて連絡先と名前を書いてもらった。
 それに目を通して告げる。

「平井さん、ですね。
 何か分かりましたらご連絡します。」

「え?今から一緒に探してくれるんじゃないですか?」

 驚きの声を上げる平井さんに冷静な受け答えをする。

「…いえ。我々だけで探します。
 何か分かりましたらご連絡致しますので。」

「やっぱりどこもお役所仕事なのね。」

 ボソッとつぶやいた平井さんは落胆を色濃くさせて帰って行った。

 静かになった部屋。

 帰ったのを確認してから盛大なため息をつく。

「はぁーーーっ。面倒くせぇ。
 知らなくていいことだってあるってもんだろうが。」

 頭をかいてから渡された写真を持って立ち上がった。

「行くぞ。捜査開始だ。」

 美雨の浮かない顔にやっぱり答えは出ているよな…。
 と思いながらも平井さんの自宅付近に向かうのだった。