警視庁のとある一室。

「失せ物捜査課か…。
 まだそんな無駄な部署があったのか。」

 抑揚のない言葉。
 その声には微かに不満が織り交ぜられていた。

「ハッ。しかしそれなりの実績を上げております。
 加えて本日付けで穂積警視長の御令孫が配属されました。」

 敬礼して報告する1人の男。

 その男の前には肘掛けがあつらえてある革張りの重厚感あふれる椅子にもう1人男が座っていた。
 深く椅子にもたれかかるその男は冷え切った瞳と薄い唇で不敵な笑みを浮かべる。

「あの老いぼれはくたばった。
 何か問題でもあるか?」

「いえ。仰る通りにございます。」

 背筋を伸ばし姿勢を崩さない男は額に薄っすら冷や汗をにじませる。

「無用な物は排除するのが一番だ。」

 椅子と共に重厚感あふれるデスク。
 その上に生けられていた花を鷲掴みにするとグシャリと握りつぶした。

 開いた手のひらからはハラハラと花びらが無残にほどけ散る。

 満足気に口の端を上げた男は目の前の男を一瞥した。

「私のデスクに花は必要ない。そう事務に伝えてくれ。」

 もう用はないと言わんばかりに、より一層椅子に深くもれたかかった男に思わぬ声がかけられた。

「組織には無駄だと思われる一定量があることは必要なことと存じます。」

 冷や汗をにじませながらも口を開いた男を鋭い目が凝視する。
 背筋を伸ばしその視線に耐え、ますますの冷や汗を垂らした。

 その男に蔑んだ瞳を向ける。

「なんだ。
 私に説教でものたまうつもりか?」

「いえ。決してそのようなつもりではありません。」

 蛇に睨まれた蛙のような男を、忌々しくもう一度視界に入れた男が試すような口ぶりで話し出す。

「働きアリの約2割が全く働いていない。これは有名な説だ。そしてその2割を抹消しても働いていたアリが働かなくなり、やはり2割になる。」

「ハッ。仰せの通りにございます。」

「しかし我々はなんだ?アリか?
 違う。人間だ。」

「ハッ。」

 敬礼する手が僅かに震える。
 自分も先ほどの花と同じような運命を辿るのではないか…。
 そんな恐怖を感じていた。

「分かったのなら、もういい。下がれ。」

 密やかに安堵の息を漏らし、焦る気持ちを抑えつつ部屋を後にした。