「そういえば、じいさんの頼まれ物だったのに良かったのか?
「お客が来るからあそこの豆大福を」
 って店まで指定だったろ?」

 よっぽど大事なお客でも来るんじゃないのか。
 それなのにお茶受け用の豆大福は全て野生児の胃の中へ消えた。

 そのお陰で美雨は幸せそうな表情ではあるが。

「大丈夫だ。ワシはちょっと出かけるよ。」

「は?客が来るんだろ?どうすんだよ。」

 出て行こうとするじいさんはニッコリ笑って犬飼の肩をポンポンとたたいた。
 自慢の白髭がニッと上がる。

「今後のためにも美雨ちゃんと仲良くなっておいてくれ。」

「は?仲良くなんて必要ない。
 仕事さえ出来れば文句ないだろ。」

 不満たっぷりの気の無い返事をする犬飼にもう一度肩をたたいて言葉を重ねる。

「まぁまぁ。そう言わずに。
 しかし美雨ちゃんが豆大福好きだって情報は本物だったんだな。」

「…………。」

「ハッハッハ。」

 楽しそうな声は閉じられた扉の向こう側に遠ざかっていく。
 それと相対するように犬飼の肩がわなわなと震えた。

「………あんのたぬきおやじ!!!」

 じいさんが事前に言っていたお客は美雨。

 そして犬飼はまんまと出迎えに行かされたというわけだった。


 失せ物捜査課はそもそも殺人事件など管轄外だ。
 担当の捜査一課の捜査が済まなければ見ることも出来ない。

 それなのに美雨を丸投げされた犬飼。
 思わず、はぁとため息を漏らす。

「……とりあえず靴買いに行くぞ。」

「…………。」

 普通にしていれば可愛らしい顔。
 それなのに口をへの字に曲げたまま無言の美雨。

「なんだよ。口もきけないのかよ!」

 サラサラと流れる長い髪ごとそっぽを向く美雨にうんざりした顔で頬杖をつくしかなかった。

 やる気がうかがえない犬飼の顔がますますのやる気を失ったのは言うまでもない。