「警察は正義だ?何が正義だよ。
 俺はそいつの顔をぶん殴ってやりたかった。
 殴ってやりたかったんだよ!」

 信じていた彼女。
 遠距離でなかなか会えなくても待っていると言ってくれていた。

 それなのに……。

 忘れようとしていた過去がまざまざと蘇る。

 会いに行ったアパートで出くわした男。

「これが噂のワン公の彼氏か。
 刑事なんだってな。殴ってみろよ。
 お前の彼女と浮気してやったぞ。」

 目の前で憎たらしい顔が笑い、そいつの後ろで俯いて何も言わない彼女が見えた。

 自分の顔が憎悪に歪み、体も怒りで震えているのが分かった。

 それなのに殴れなかった。

 殴りたい奴に殴れないのに何が正義だよ。

 憎かった。悔しかった。
 なのに殴れなかったんだ。

 自分可愛いさに。
 自分の警察としての地位が惜しかったんだ。

 ずっと唸ったまま噛み付いている美雨。
 その美雨を見る視界がぼやけていく。

 なんだこれ。なんの涙だ。
 あぁ。手を噛まれて痛いからだ。

 不意に腕が解放され、美雨が立ち上がった。
 そのまま振り返ることもなく、アパートを出て行ってしまった。