「ワンちゃん。大丈夫だよ。」

 美雨が無言の犬飼を覗き込む。

 犬飼たちはアパートに帰っていた。
 木村さんは捜査一課に引き渡してきた。

 せめてもと、捜査一課の中でも気心が知れていた相田に預けて来た。
 聞いた話は録音してあったため、それも渡した。

 話を録音するなんて嫌な職業だと思ったが、それがあれば二度も辛い話をしないで済むかもしれない。

 それでも犬飼の心は晴れなかった。
 署を出てからアパートに着いても、ずっと心あらずなままだった。

「ワンちゃん。今日、一緒に寝る?」

「なっ…………。」

 美雨の暴言に顔を上げれば、美雨がニコニコ顔を向けていた。

「やっと顔上げた。」

 美雨がすぐ近くに座っていたことにさえ気づきもしなかったが、その美雨が不意に犬飼に腕を回してきた。

 猫背になってしおれていた犬飼の体を立ち膝の美雨が抱きしめる。
 犬飼の頭はすっぽりと美雨の腕の中に収まってしまった。

「なんなんだよ。」

 こいつこんな時に何、考えてやがる。
 突き飛ばそうとした手が美雨の言葉に止まった。

「ワンちゃん。いい人。泣いていいよ。」

 なんで、こんな奴に…。

 そう思うのに穏やかな美雨の声が妙に心に染み入って涙は後から後から溢れてきた。
 いつしか美雨にしがみつくように泣いてしまっていた。