「俺ん家は無理だぞ。
 狭くて人なんて泊められない。」

 美雨は首を振る。

 おい。この質問で首を横に振るな!
 無理なもんは無理だ。
 だいたいその意味分かってるのか?

 犬飼は美雨の意思表示は無視して別の提案をする。

「ビジネスホテル探してやる。」

 頑なに首を振る美雨。

 どうしろって言うんだ。

「野宿でもするつもりか?」

 また首を振る。

「………俺ん家に泊まりたいのか?」

 そうさ。こう言えばさすがに分かるだろ。
 俺ん家に泊まる。一応は男と女…。
 これで分かるはず。

 そう自分に言い聞かせる犬飼の目の前で美雨は首を縦にコクリと動かした。

 はぁ?こいつ馬鹿か?
 襲われても…って、こっちがそんな気も起きやしない野生児だよな。

 馬鹿にしたような視線を送っても、もう唸ったりしなくなった。
 本気で懐かれたのだろうか。

 さてどうしたものかと考えながら、首に手を回した首すじがゾワッとして嫌でも先ほどのマーキングが思い出された。

 自分の手が首に触れたくらいで思い出すとかあり得ないだろ。

 そう思うのに、つい先ほどのことが鮮明に思い出される。
 抱きついてきたぬくもり。サラサラとこぼれ落ちる髪から香る女の匂い。

 犬飼は全てを忘れられるように首を強くこすった。

 そして美雨に嫌そうな視線を送る。

「うちで寝るなら床だからな。」

 嫌そうな視線と目が合っているのに美雨は嬉しそうに首を縦に振る。

「ったく。汚いからな。」

 それでも嬉しそうな美雨に観念すると自分のアパートへと足を向けた。