「あら。失礼。お邪魔しちゃったかしら。」

 声にギクリとすると開けっ放しのドアを形式的にノックした麗華がドアのところに立っていた。

「おい!変な誤解すんな!こいつが寝ぼけて…。」

 慌てて引き剥がそうとしても、ギュッと抱きついてくる美雨。

「その子、猫っぽいし、案外マーキングなんじゃない?」

「マーキングって…。」

「ワンちゃんを他に取られないように匂い付けってことかしら。
 ずいぶん気に入られたわね。」

「んなわけないだろ。勘弁しろよ。」

 懸命に離そうとしても、びくともしない。
 なんでこう強情でチビのくせに力が強いんだよ!

 2人を見ていた麗華が美雨を諭すような口ぶりで話し出した。
 その声に2人はピタリと動きを止める。

「美雨ちゃん?
 人への効果的なマーキングはそうじゃないのよ。
 人にする場合は首元に吸いついて…。」

「っだぁ!余計なこと教えるなっつーの!」

 麗華の言葉とともに美雨の力が緩んだため、そのまま引き剥がした。
 麗華の言葉のおかげで緩んだとは思いたくない内容だ。
 憤慨した気持ちをぶつけるように2人に苦々しい視線を送る。

「フフッ。ワンちゃんがそんなに動揺するなんて久しぶりに見ちゃった。
 私が誘惑したって、ちっともなびかないんだから。」

「なっ…。だから!いつ誘惑したよ!
 いい加減なこと言うなっつーの!!!」

 近くの椅子にドサっと座るとブスッと頬杖をついた。
 その犬飼の前に何枚かの資料が渡される。

「まったくワンちゃんは男女の色恋には鈍感なんだから。
 それなのに事件のことになると…。」

 麗華のひとりごとは聞こえないフリをしつつ、資料を眺めた。
 麗華は用もないのに、ここに来たりしない。それはよく分かっていた。

「ワンちゃんに言われて詳しく調べてみたの。
 あの血は猫の血よ。」

 人間の血ではないということまでしか調べてなかった前回の資料。
 犬飼は気になって追加で分析をお願いしていた。

「そうか…。猫か。」

 つぶやいたまま犬飼は黙ってしまった。