言い終わる前にルウンが首を横に振ると、トーマは困ったように笑いながら、また何度も言い直す。
その度に、ルウンも今気強く首を横に振って、訂正を続けた。
「うーん……微妙な違いなんだけど、難しいな」
二人が住む国は、東西南北四つの地域に分かれていて、同じ言語を使っていても、生まれた地域によって若干の訛りや発音の違いが存在する。
その為、トーマは慣れない音にかなり苦戦していた。
「ル、ルー、ルーン……いや、違うな」と何度もブツブツ呟いて、終いには頭を抱え出す。
そして唐突に、何かを閃いたようにパンっと手を打ち鳴らした。
止まっていたペンが、ようやく紙の上を動き出す。
相変わらずのミミズ文字を眺めていたルウンは、書き終わって顔を上げたトーマと目があった。
「ごめんね。どうしてもキミの名前をうまく発音できないから、もし嫌じゃなかったら、別の呼び方をさせてもらおうと思って」
申し訳なさそうなトーマの言葉に、少女はひとまずコクリと頷き返す。
「えっとね、キミのこと“ルン”って呼んでもいい、かな?」
おずおずとしたトーマの口から発せられた言葉、その響きが、少女の鼓膜を揺らした。
しばらくその余韻に浸るように、少女は黙り込む。



