その声に、少女の肩がビクッと震える。
視線を移すと、トーマはとても可笑しそうに笑っていた。
「……?」
少女が不思議そうに首を傾げると、トーマは可笑しそうな表情のままで口を開く。
「とても大事なことを忘れていたよ」
万年筆を持ち直して、まっさらなページにペン先を置くと、書き出す準備を整えてトーマが続ける。
「まだ、キミの名前を聞いていなかった」
言われて初めて、少女も自分がまだ名乗っていなかったことに気がついた。
思えば誰かに名前を聞かれることも、自分から誰かに名乗ることも、今までなかった経験だから、初めてのことに少女の胸が僅かに緊張で高鳴る。
「じゃあ、改めて。キミの名前を、教えてくれるかな?」
コクっと小さく頷いた少女は、心を落ち着かせるように一度息を吐き出す。
それから、吐いた分をスッと吸い込んで、口を開いた。
少女の口から零れ落ちた音を捉えて、トーマはすぐさまペンを動かす。
けれどそれは、文字を生み出すことなくすぐさまぴたりと止まって、そのまま動かなくなった。
「えっと……ルーン?」
少女はふるふると首を横に振る。
「ルウン」
「ええっと……、ルー……」



