「智はさ、太田さんとまわるみたいだよ?」
再び沈黙を破ったのは孝くん。
しかも、私が今一番ふれてほしくない話題で。
ココロが針山みたい。
それはもう針がさせないほどの。
さっきのふたりの光景が思い出されて目の奥がツンとする。
もどかしい気持ちのやりばのない怒りにも似た感情がふつふつと沸いてきた。
孝くんと繋いだままの手を自分の太ももの上でポンポンと叩く。
それはリズミカルで、まるで太鼓を叩くバチのよう。
「そうなんだ~」
つとめて明るい口調で返した。
その後も幾度となく、バチで太鼓を叩く。
孝くんはそれを手遊びだと解釈したようで、
今度は自分の右ふとももをドラム代わりにする。
まるで、ドラムロールのように。
「ダ、ダンッ。結果はっぴょ~」
まるきり連想した通りで、私は小さく笑った。
孝くんも鼻で笑う。
「美姫ちゃん。明日のこと、オレまだ返事もらってないよ?」
孝くんのつないだ手に少しだけ力が入ったのがわかる。
「うん。そだね。うん、いいよ」
さんざん待たせた挙句の返事はまるで紙飛行機が宙を舞うほどに軽かった。
「え?」
あまりに拍子抜けだったのか、孝くんは返事の理解が出来ないみたい。
かわいい人。
「まわろっか、一緒に」
言った後、昔飼ってた犬に「散歩行こっか」って声を掛けていたことを思い出した。
あの時も、智とはいつも一緒に散歩してたっけ。
もうあの頃には戻れないよ。
ね、智。

