「姫……」
姫は廊下側に背を向け伏せていて、私はやんわりと声をかけた。
彼女の体が一瞬ピクンと動く。
そして、こちらをゆっくりと振り返った。
「美姫……」
泣きはらした顔。
私を見るとさらに涙があふれる。
そして、姫は私に抱きついて
「私、どうしたらいいの?」
と消えそうな声でつぶやいた。
私まで泣きそうになるけどグッとガマンして、
彼女の震える肩を優しく包んであげた。
「皇子になんて言われたの?」
「“全てを捨てて俺たちの事を誰も知らない国へ行こう”と」
「それって!」
姫は慌てて顔を上げる。
「いいえっ。美姫、聴いて頂戴」
ボロボロな精神状態は見てもわかる。
それなのに、彼女はどこか凛として私を見る。
「勿論、そんなにもお兄さまが想ってくれているのは本当に嬉しいの。
私も全く同じ気持ちよ。
でもっ。
でも、それはお兄さまの為にもこの国の為にもならない事なの。
お兄さまはこの国になくてはならない存在なの。
そして、お兄さまは本当にこの国を素晴らしいものにしたいと心から思い、
またそれを実現出来る方なのっ。
私はお母さまのおっしゃった通り、そんな方の邪魔でしかないのっ」
声を震わせて早口で想いを伝えてくれた。
あの皇子が姫と駆け落ちしようなんて持ちかけるってことは、
皇子自身も今よっぽど窮地にたたされてるんだと思う。