わたし達とっても仲良しなんで間に入るのやめてもらえませんか?

『妹』

カッターを包丁に持ち替えた時、わたしは台所に立っていた。
包丁を持ってして初めて簡単に料理ができる。カッターナイフではじゃがいもを切るのに適さない。この二つの刃物の違いのように、わたしが想うことがお姉ちゃんを想うことであり、わたし以外が何をどう思ったところでお姉ちゃんには届かない。食材もお姉ちゃんの心も、触れていいのは適正なものだけなのだ。それが理解できない存在があるならば、そいつはちっぽけなコップの水と塩だけで満足していてください。そしてそのまま海水に沈んでくれたら嬉しくなくは無いかな。例えば、なんて具体化はしない。それはわたしから言うことじゃない。ただわたしはいざという時を想像しているだけだ。これは楽しい妄想ではないけど、大事な予想だ。

けどずっと張り詰めていてもしょうがないから切り替えて、るーららーと鼻歌でも奏でながら調理に取り掛かった。家のものなので持ち出すのは厳しい包丁をここぞとばかりにトントンと。おみそ汁もおたまでぐるぐると。わたしの気持ちを調味料、むしろ主体として加えて美味しくなーれっ。

そうして小一時間かけてディナーを完成させ、お姉ちゃんを招いて一緒に食卓を囲んだ。囲まれた食卓が無機物であることに安心しながらお姉ちゃんと良質な時間を過ごした。誰かと、じゃなくて、お姉ちゃんと食べるご飯は美味しいねと常識を確認する。初めて作った肉じゃがも割と上手くいったし、よかったよかった。これでいつでもお姉ちゃんのお嫁さんになれるね。もうなってる、と思うのはちょっぴり傲慢かな?

お姉ちゃんに対して自信を持つのは良いことで、当然のこと。だけど怠慢にはなっちゃいけない。妹たるもの、常に限界を壊していかないと。今までは夕ごはんに専念してスキルアップを図ろうとしたけど、これからは朝ごはんやお弁当もわたしが作ろうかな。一考に値する。できればやりたい。
「「ごちそうさまです」」と栄養源が全て胃の中に移った合図を発布して、お姉ちゃんと二人で洗い物を洗いざらい洗い、お待ちかねのお風呂へと向かう。

あ、当たり前だけど、お待ちかねしているのはわたしだよ。まさか他の誰かが神のごとくわたし達のこと傍観しているわけでもないだろうし、そうだとしてもお姉ちゃんのあれこれを欠片でも脳に浮かべた人がいるなら正直に手を挙げさせて端直に手を切り飛ばさせてあげよう。神は死ぬしかない。お姉ちゃんの肌色を見ていいのはわたしだけだ。

洗面所の扉を開け、お姉ちゃんと一緒に次々と脱衣をする。脱がせ合いっこという形態で。昔からの習慣だ。子供の頃は衣服を脱ぐのにも一苦労だっからお姉ちゃんに手伝ってもらっていた。その名残で今もそうしている。ひじょーに楽しい。何がどうとかは言わないけど、心がうきうきしてくる。一糸纏わぬお姉ちゃんを直に眺めることができる喜びといったらそれはもうありがたき幸せ。これが日課だから、妹は()められない。病める時も止めない。止める時は人生を辞める時だ。天国でもお姉ちゃんと一緒だとさらに良い。

家のお風呂はそう広くもないから、お姉ちゃんと密着できる。至近距離のお姉ちゃんの背中をシャワーで流してボディーソープをつけたタオルでごしごししてまた流す。背中だけじゃなく、前も右も左も下も。頭は最後に洗うのがルーティーン。お姉ちゃんの頭を隅から隅まで揉みしだけるのはこよなき名誉だけど、続けているとちょっと疲れてくる。でもお姉ちゃんのために身を粉にする勢いで頑張る。お姉ちゃん好きーお姉ちゃん好きーと心中唱えながらぐしーぐしーする。櫛に負けない手櫛を目指すのだ。

お姉ちゃんが終わったら、次はわたしの番。お姉ちゃんに身体を入念に洗ってもらう。いつものことだから特段意識はしなくとも、偶にくすぐったいなという時はあ……ひゎっ。……今まさにくすぐったさがやってきた。またさっきのことを思い出しちゃう。一日に何度も敏感なことを自覚させられると、わたしとしてもお姉ちゃんに敏感なコトを覚えさせたくなる。まだ二回だけどね。

自分が行う側だと大変だけど、お姉ちゃんに頭皮を洗ってもらうのは格別だ。純粋な爽快感が頭から浸透していくのが分かる。一日中こうしていてもいいんじゃないかと思うほど体の力が抜けていく。お姉ちゃんに身も心も全て任せる。妹をダメにするお姉ちゃん、とでも言おうか。仮にわたしはダメだとしても、わたしのお姉ちゃんへの気持ちと、お姉ちゃん自体はこの上なく素敵だからそこは注意ね。

二人で湯船にゆっくりつかった後、もう一度シャワーを少し浴びて浴室から出る。バスタオルで自分の身体と、お姉ちゃんの手に届きにくいところを拭いてあげる。同じくお姉ちゃんにもやってもらう。水分を拭えたら今度は服の着せ合いっこをして、パジャマに着替える。お姉ちゃんは大人の女性が着そうな薄黄色のパジャマで、わたしは何とも言えない地味な灰色のパジャマだ。二着とも柄は無地に近い。わたしの方に、お腹の真ん中に不自然に描かれたニッコリマークがプリントされているだけだ。数年間着ているけど未だに慣れない笑顔だ。こんなのよりお姉ちゃんの笑顔が見たいよ。

髪をドライヤーで乾かし終えたら、自分の部屋に制服を置きに行く。そしてすぐにお姉ちゃんの部屋に向かう。基本的に夜はお姉ちゃんの部屋で寝るのだ。いつだってお姉ちゃんのそばにいたいから。お姉ちゃんのあったかい体温を味わいたいから。
お姉ちゃん、好き。だから。