わたし達とっても仲良しなんで間に入るのやめてもらえませんか?

『姉』

そういえば夏休みの予定相談するの忘れていたな、と縁《えん》が教室に戻ってから思い出した。あーくそぅもっときゃっきゃうふふもみもみどきどきするはずだったのに。そりゃあ全くの二人きりってわけではないけど半径いくらかに限定して考えれば席についているのは私だけなのだから、ある程度解放的に、ある程度のイチャイチャをしていたのだ。理想では。全く、夢と現実の距離は掛け離れているというのか。なるほど、この屈辱を生かして夢の世界に果敢に挑戦していきなさいという素直じゃない世の中の希望の余地とも捉えられるね。最大限に極大解釈してみた。意味被ってるか。

ところで夢の世界に関して良い案が舞い降りたのだけど、でもそれはとても禁忌に触れる事項なので慎重に参りたいというところであり、具体性を隠匿する意気込みを見せていきたく存じ上げ、つまりそれはディ……ディズ……ディ、ディズ…………いややっぱこれ遠慮しておこう。慎まないと、どうなるか。頭隠して尻隠さずという諺があるが、私は先頭のはしくれを公開してしまったかもしれないという可能性がもはや事実だね。しかしこの場は偉大な諺に免じて無かったことにする。

ともかくその和訳に相当するのか否かは無知だけど、夢の国という場所に行ってみるのも一興じゃないだろうか。いやしかし、迷う……。実は今までに二、三回は入国したことがあるのだ。最近か昔かで思い起こすとその中間くらいの頃、私がまだ中学生で縁が小学生だった時の出来事だったのだけれど、当時から縁は私ばかり注視していた。いかなるアトラクションを体験する際にも、例えば宇宙山、其小世界、巨大雷山、水浴び山、空中飛行象などに乗る時も、ほぼずぅっと私を見ていた気がする。私も縁をよく見ているつもりだけど私が見ると必ず縁も私を見てるからつまりはそういうことだったんだろう。深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ。縁は深淵《しんえん》、すなわち深縁《しんえん》、ということですね。まぁ確かに前、右前、右、右後ろ、後ろを代表としても違和感のない種全体の浅はかさとは比較するまでもないけども。深さ、は相対的なのか絶対的なのか。両方か。

そんな私への見識も深い縁は魅惑な遊具を終了した後、毎回感想を聞かせてくれるのだ。「えへへ、楽しかったね」「お姉ちゃん、スリルを一身に受けてたね!」「お姉ちゃんの驚き顔も可愛いかったよぉ」「あ、もちろん今もだよ」「お姉ちゃんなんかにやにやしてる」「お姉ちゃんといると何でも楽しいよ」「お姉ちゃんパワーだねっ」「お姉ちゃん」「お姉ちゃん」「お姉ちゃん」「お姉ちゃん」「お姉ちゃん、好きっ」「お姉ちゃん、あっちの人気《ひとけ》のないところに……いかない?」あぁ永久保存の至高の思い出で癒されていくー。脳が溶けてしまう。縁はなんというか、癒しそのものみたいな存在だよね。女の子は甘いものででできているという格言に基づく一般的な女の子とはレベルが違うぞ、私の縁は。そんな甘ったるそうなものより。ところで最後二つは実現してたらよかったのになぁと思います。

もう縁の言葉を集めてまとめて税込何千円かで自費出版するか。いや既にしているべきだった。縁との握手券か何かをおまけにして、全部自分で買い占めるビジョンが見えた。
「遊園地で縁に言われたいセリフ」「お風呂で縁に言われたいセリフ」「間違えてトイレの扉をを開けちゃった時に縁に言われたいセリフ」「どうしてもの予定でしばらく(二、三日)離れることになってしまい、そのお別れの時に縁に言われたいセリフ」「ベッドの上でほにゃららのときに縁に言われたいセリフ」などなど考えると終わりが見当たらない主題にランキング形式で今まで縁から授かった言葉を当てはめて整頓して書籍化して自己満足するべきだった。一応言うとほにゃららは現在まで、睡眠のことでしかない。未来は……なりゆき任せの結果次第。分からないことだってある。相手との気持ちの兼ね合いとタイミングだろうね。ね?

縁との幸せ夏休み計画は中止なるということを知らないようで、その後も私の脳の中を満たしていった。時折窓から見える縁が見ているのを見ながら。周囲五人衆が到来、着席、共謀の三種の仁義(彼女らにとって)を果たしているのを尻目に。頭の目隠して尻の目隠さず。隠すという行為が善悪、損得のどちらにあたるのかは一考の余地すらない。五人の愉快な仲間たちが見てるものは私の見えているものでも見えてないものでもなく、私の見えているものは五人囃子の見えているものでも見えていないものでもないのだ。何を言ってるか分からない皆様は私の体内ネットワークで検索検索っ。できるものなら。

そんでもって五老星がごみごみと他国語ともとれる言語を会話の手段として用いてるのを聞き流しながら私は趣味と実益を兼ね備えた縁観察日記でも書こうと意気込む。全く識字率という武器を生かせていない純白のノートのページに今日初めて文明を刻む。縁の言の葉集ではなく、単純に縁の優美な形姿を紙の表面に黒鉛で映し込み、その真下に私の今日に属する縁への思いを綴ろうというものに他ならない。いや今日に属するのではなく縁が今日という時間幅を支配している説の方が有力だな。唐突な時間移動によって私の目の前が暗転して気付けばそこには昔の小さい縁が……なんて起こっても不思議じゃないといいな。

この観察日記は現在の席に移籍したときから、まぁ言ってしまえば最近になってからではあるのだが、そのときから書いて、描いている。しかし描く方はいいのだが、肝心、ではない書く方がかえって上手くいかない。やはり文章などという綴りと文法に束縛された俗物では縁の素晴らしきあらゆることは表現できないのか、と納得するあまりだ。道理で滑らかに文章が浮かんでこない。体感をそのまま未加工で記すことができる能力があったらいいのにと悔やまれる。その点声という手段は発する波を変えることで表現の幅が広がりを見せるので正《まさ》しく別次元なのではないだろうか。

だがとある傑作曰く何々したらそこで何々終了ですよ?らしいのでトライアンドエラーし続けている。
「えーと……『今日は一限に縁を見ていたら縁に見つかってしまいました。可愛かったです。』……と。」
駄目だ、小学生の作文みたいになってしまう。でも作文の書き方なんて今まで習ったことなんて一度もないから必然の結果なのでは、と現代教育に疑念を抱くばかり。授業聞いてない私も悪いんだけど。教育的観点では。
「『お昼休みはいつもと同じで縁と食べましたが、途中でちょっと縁に悪いことをしてしまいました。反省です。』」
ここまで書くと既に書くことが無くなってしまったな。手持ち無沙汰だから無心でノートに『縁』『縁』「縁」と書き連ねている。永縁《えいえん》、のよう。

既に描いた縁の絵を見つつ、三次元の実物の縁と対比する。うーん、まぁまぁ。画力は無くはないといったところか。今、本体の縁は黒板の方を向いている。遊園地などのプライベートな時間は私に専念するのに対して、授業中はちゃんと板書もしているようだ。そりゃそうだ。縁はちゃっかり成績が良い。一方私はそう芳しくない。私はほら、いわゆる体育会系だから。発揮する場も予定もないけど。あ、こっち見た。手を振り振り。等間隔で顔を向けてくれる愛しさと切なさ。

縁度(縁について考えてる時間の度合)百で昼からの授業をやり過ごしてやっとのこさ放課後になった。六時間目の最後五分の間に帰宅準備は済ませてあるので五郎丸の雑音等は華麗に見逃し五振(誤審じゃないよ)を決め込んでそそくさと教室と廊下の境界を超える。誰だ五郎丸って。雰囲気だけで呼称してしまったことを省みもせず階段を下りて両校舎の分岐地点に向かう。ちなみに例に漏れず十三番丸も外角高めのストレートでやってきたが諦めてバッターアウトチェンジと洒落込んだ。なるほど、諦めれば試合は終わらせられる。
目標地点が視界に入ると、そこには既に縁が待っていた。そういえばさっきの授業途中に教室を出ていたけど、早く終わっていたのだろうか。だとしたら長く待たせて退屈させてしまったな。

「えーん、ごめんおまたせー」
「あ、お姉ちゃん」
「帰ろうか」
「うん」


『妹』

五時間目と六時間目はちょこちょこ黒板を写し、ちらちらお姉ちゃんを垣間見ていた。六時間目は夏休み前日ということで少し早めに終わったので先にいつものところで待っていた。最初はお姉ちゃん以外の人類ですら一匹もいなかったけど、時間が経つにつれて耳障りな音が目立ってきた。授業中は二つのことに集中してるから大丈夫なんだけどね。やることがないとどうも。でもお姉ちゃんも急いで来てくれたからよし。お姉ちゃんと軽く定型句を口にして学校を後にする。
本題に入る前に会話の前菜を添えよう。
「わたし、今日は終わるの早かったんだっ」

『姉』

「そうだよね。いいなー」
そしたら授業後半もより充実したものとなっていたのに。もし二人で授業を途中で抜け出して早退とかしてみたらかなりの青春特有の甘酸っぱさを享受できるだろうなぁ。今度やってみようか。冗談。
縁が何か言いたそうな(可愛い)顔をしている。もしくは(何か言いたそうな)可愛い(顔をしている)。それを見てあぁそうだ私も言いたいことがあったんだと記憶を確認し、その話題を持ちかけようと声を発する。

『姉&妹』

「「あのさっ」」

『姉』

おっとタイミングが被ってしまった。息ぴったり以心伝心だねと喜ぶ前に、
「先いいよ」
とたまには姉っぽく先を譲る。格好良く言うと未来を紡ぐ。

『妹』

二人の声が同じ瞬間に出るということはもはやキスしてるのと同じだと思った健全なわたしは、後手に回ってくれる淑女なお姉ちゃんが好きです。流石一歩先で見守ってくれるお姉ちゃん。未来を紡ぐお姉ちゃん。あれ、なんかシンクロを感じる。まぁいいや。

「ありがとっ。これ昼休みにも言おうとしてたんだけど、夏休みの予定、どうしよっか?」

『姉』

「ああそれそれ、それ私も聞こうと思ってたことだ」
おぉ、完全なる思考の一致だ。と言っても私達姉妹からしたらこの程度の同調、朝飯前なんですけどね。
そうだねぇ、一番期待するのは……。

「海とか、行きたい?」

『妹』

話題も一致してたのかすごいねやったね、って海!海だ!ちょうどわたしもお姉ちゃんと行く海を求めていたんだった。海の青が似合うお姉ちゃん。マーメイド・お姉ちゃんを。

「お姉ちゃんと一緒ならどこへでもだけど、海は特に賛成!」

『姉』

私も縁となら地獄の果てでも、だよ。あ、でも縁の付近は全て天国に早変わりだから前提が有り得なかった。早合点早合点。
「ほんと?じゃあそうしよっか」
私も行きたいからね。まぁ私達は決めることはできても実行するにはいささか手間がかかるのだが。あと荷物も増える。けどそれは無視して縁を注視しよう。いつものことで、いつもの無意識のことだ。

「やったー」

そう喜ぶ縁を見て、可愛い、といつものように思った。