わたし達とっても仲良しなんで間に入るのやめてもらえませんか?

『妹』

「混んでるね……」

わたし達が今居る地元の映画館が割と有名なのもあるだろうけど、夏休みの映画館は多分どこ行っても混んでるんだろうな。この混雑には、どうやらわたし達がこれから観覧する予定の作品も関係しているらしい。というのも風の噂を聞くにその作品は上映開始早々人気の火が点いたそうで、実際ここにいる多くの人々が目的を同じくしてやって来ていると見受けられる。「らしい」や「そうだ」などの推量ばかりの物言いは、お姉ちゃん以外のことに対して確信を持つ必要が無いし、核心に迫る労力も無益だし、たとえ作品が革新的な内容だとしてもさして興味が無いからという普遍の真理に基づくよ。他者に触れるのはいくらか苦心だもん。うん、わたしらしい理屈だね。そうだね。

三百六十度見渡すまでもなく六十度程度で嫌というほど感じるけど、目に映る景色が人、人、人。人一色。人混《ひとご》み、とはよく言ったものだよ。だって人がゴミのようだってことでしょ。人がゴミのようだってことだよね。人がゴミ以下略。
ゴミ以下かどうかは置いといて、やっぱり戻してゴミ以下であると考えて、比べるまでもなくお姉ちゃんは人智を超えていると感じて、当初の話題である人の数がここまで多いと気分まで悪くするかもしれないと恐れた。気分を悪くするというのは、人の群れに心理的な不快感や苛立ちを覚えるという意味でもあるけど、体調的な観点から胸の付近へ込み上げてくるものがあるという意趣も含む。学校にいる時に受け取る生徒の集団への感じ方とはまた違う種類の雰囲気を与えてくる人間達の集まりだなぁ。これが社会という荒波かね。

うっ、考えていたら現実に気持ち悪くなってきた。うー、吐きたい。ゴミのような人、人のようなゴミ、どっちでもいいから急いでゴミ袋を用意してよ。持ってきてくれればその袋にわたしが大胆な嘔吐を、ではなくここにいる人々を袋詰めにして小ざっぱりした映画館に仕立てあげるから。近所のスーパーの特売の際に巨大な袋を限界まで伸ばし次々に人間を詰めるというメルヘンな空想をふと脳に投下してしまう。睡眠時に羊を数えるのとは訳が違うその最悪な夢想の最中、三人目を収容したところでいよいよ吐きそうになったので、深呼吸による精神統一した上で隣で歩くお姉ちゃんを上から下まで観察することで、何とか噴射せずに落ち着いた。お姉ちゃん、助かったぁ。何かを数えるとしたら、お姉ちゃんを一人二人と数えるのが一番心に優しいよ。まぁお姉ちゃんは唯一神みたいなところがあるから、二人以上なんて非現実を想定するのは無理があるかもしれないけど。

そんなお姉ちゃんはわたしの呟きに対し、「始まるまで少し時間あるから、そこのカフェでも入る?」と案を出してくれた。ずっと映画館内で立ち往生していてもお姉ちゃんが居れば大丈夫と言えば大丈夫なんだけど、その大丈夫を揺がす危険性を秘める度合いの人口規模が目に見えているので、「入りたいっ。」とわたしも同意と賛成をして、二人で近場のカフェへと足を向けた。カフェ店内の混み具合を壁のガラス越しに見てみたところ、あまり混んでいないようなのでひとまず安心した。この映画館は中世ヨーロッパ風の造りとなっているので、映画館から広がる道路も中世ヨーロッパ風になっている。中世ヨーロッパ風がどんな風なのかは上手く解説できないけど、とにかく中世ヨーロッパ風。言いたいだけだよ中世ヨーロッパ風。お姉ちゃん、の響きには到底及ばないけどね。お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん。

中世ヨーロッパ風な風景を風雅な風采のお姉ちゃんと見ながら、風習や風潮、風骨という風袋ばかり気にする風俗的な人々から順風満帆かつ疾風怒涛の神風特攻で離れ、風化した風貌の扇風機が送風する涼風の旋風により風鈴が鳴る風流な欧風カフェに着き、風情ある夏の風物詩、イチゴ風味のかき氷を風変わりな店員に注文した。ふぅ、と小さい溜息を漏らして近くの席に座る。人が少ないと、そのこと自体にも安堵するけど、結果としてお姉ちゃんへの集中度を高められるからますます有難いね。そのお姉ちゃんはわたしと一緒に注文をして一足早くテーブルを挟んだ向かい側に腰を据えていた。

夏休みに入ってからの出来事やこれから見る映画についてお姉ちゃんと豊かな言葉を交わしていると、風変わりな店員が再度わたし達の前に現れて、二つの食品を置くやいなや直ぐにレジの奥に帰っていった。しかも早歩きで。何がしたいのかよく分からないけど、なるべくわたし達の意識の外で黒子のように食品を提供してほしいな。ちなみに風変わりというのは身長高くて髪型がへんてこであることを言っている。見た目の若さからすると彼女は学生のアルバイトかもしれない。まぁどうでもいいか。

そう割り切ってお姉ちゃんとの会話を再始動させようとすると、お姉ちゃんはガラスの外に視線を逸らしていた。片肘をテーブルの上に乗せ、手のひらに綺麗な顎を預けて、透明のその先を見つめている。何か気になるものでもあるのかなとわたしも目を向けてみても、特別人目を引く物は見当たらない。

「お姉ちゃんどうかした?」

意識が散っていたのか、お姉ちゃんはわたしの問いかけに二、三秒遅れて反応を見せる。

「何でもないよ。」

微笑を主張して答えるお姉ちゃんはそう言うけど、決して額面通りには受け取れない。姉妹だから、お姉ちゃんとわたしだから分かることだけど、カフェに入ってからのお姉ちゃん、何処か無理をしている気がする。醸し出す雰囲気から、違和感のようなものを覚える。でもお姉ちゃんが問題ないと言うのなら、とりあえず今は黙って見届けていよう。本当にただぼーっと外を眺めていた可能性も無きにしも非ずだし。もしお姉ちゃんに何かしらの問題が出てくる予感がしたら、わたしは直《ただ》ちに問題解決を目指して身を乗り出す。いざという時のためにいつでもやれる準備はしてるからね。

この話はここで終わりとして、溶けちゃう前にかき氷を食べようじゃないか。
トレーに乗った二つのお皿のうち、赤い方をわたしの手前に、黄色い方をお姉ちゃんの側へ寄せる。お姉ちゃんはレモン味。ちなみにお姉ちゃん自体の味は、幸せの味。お姉ちゃんを味わう機会なんてそうそう無いけど。通算一回のみかな。その一回は、嬉し恥ずかしこの前のこと。好きという感情が形として生まれ、字面的には好きの裏返しなアレです、アレ。味覚というよりは、五感、あるいは第六感まで使ってお姉ちゃんを感じていたけどね、あの時。

そうだ食べないと。トレーに置かれたスプーンを手に取り、皿に盛られた氷山の一角を削って一口目を頬張る。おぉ、このお味は……!うん、普通。口の中に入れた瞬間イチゴの甘さ八割、酸っぱさ二割を活かし切るシロップが舌の上で暴れ回り、ひんやりとした氷がその暴乱を冷静に見送っている、そんな至って普通の味。感想まで普通かは分かりかねる。

こんな素朴な味わいでも、実はとある魔法で飛躍的に美味しくなることが非科学的に証明されている。ここまで来たら言わなくても分かるよね。はい、
「「あーん」」
うぅーんっ。美味しいぃ。甘ぁい。お姉ちゃん、最高ぅ。お姉ちゃん、好きぃ。
絶好なテンションを抱きながら、わたしとお姉ちゃんはかき氷のやり取りを何往復も繰り返した。

その後もお姉ちゃんとの触れ合いを堪能してると、いつの間にか上映時間が迫っていることに気付いた。危ない危ない、当初の目的を忘れるところだった。
わたし達の使ったトレーを片付けた上でカフェを出ようとする。その際先刻の女性店員がちらっと見えたけど、そのまま歩みを止めずに退出した。
小一時間振りに館内へ入ってみると、変化無しの寿司詰め状態。何とか頑張って入場口に進み、既に買っておいた当日券を提示した後、そこに書かれた何番シアターの表記に従ってそこを目指す。

到着して中に入ると映画館特有の暗闇に巻かれ、お姉ちゃんと繋いでいる手をより強く握ってしまう。お姉ちゃんはそれを察知して、もう一方の手でわたしの肩に触れてくれた。別段冥闇(めいあん)が怖いわけではなくとも、お姉ちゃんの優しい手つきに慰められるだけで心がしっとりとする。

指定された席に着くと、ゆったりとした感触の座り心地にくつろぎ、繋いだ手と手は席の間にある手すりに任せた。手すりの存在がわたしとお姉ちゃんの繋がりを認めてくれているようで、好感を覚える。
しばらくすると広告や諸注意を踏まえた上で、作品の上映が始まった。
暗がりと大画面、静けさと大音量のコントラストが心做しか新鮮で、映画とはこういうものだったなと思い出す。



「……んぅぅーっ。」

上映時間が過ぎ、暗黒の別世界から光の指す現世界へと居場所を移す。ふかふかなシートに惑わされて眠気が訪れていた身体を天井に向かって伸ばすことで睡魔を発散させた。

「面白かった?」

そう聞いてくるお姉ちゃんは睡眠欲から縁遠そうな顔色をしている。わたしだけ眠くなっちゃったのか。罪の意識。

「まーまー、かなぁ。」

カフェで食したかき氷と同じく。恋愛映画だったらしいけど、正直何一つ頭に入っていない。他人の恋愛にまで感情移入できるような感受性は持ち合わせていないからなぁ。鑑賞していても話の流れが右から左へ抜けていった。前方を占める映像三割、隣にいるお姉ちゃんのこと七割で脳内を構成していたよ。まぁでも、唯一評価できるのはこの作品が女の子同士の恋愛を描いたものだったという点かな。わたしもお姉ちゃんも女の子同士だし、共通点があると言えなくもない。ただ結局のところわたし達の方が結束力が高いと自覚するに終わった。上映中に何度もお姉ちゃんと目が合ったし。その度にお互いにニヤついてしまって、それが一番の見所だったな。もはや映画関係無い。

館内から出ようと歩いていると、またもや例の奇妙な女性店員に出会った。というかすれ違った。今度はカフェの制服の格好とは違い、私服を着こなしていた。バイト終わりなのか。そして横には過度に密着している男がいた。

超絶、どうでもいい。


そんなことよりわたし達の未来を考えよっ。

ね、お姉ちゃん。こっち向いてね。

明日で夏休みに入ってから二週間後になるね。

もう海に行く予定も固まったし、楽しみだな。


お姉ちゃんの水着。