『姉』

高校二年、夏
……休みがもうすぐ、始まる!

いつものように出された朝ごはんを縁《えん》と食べ、いつもの通学路を歩いて縁と登校し、校舎が別れる階段手前で縁と別れ、そして一限目の授業が始まった。

「明日から夏休みだぁ……」

学校にいることなんてお構い無しに、これからの縁との幸せきゃっきゃうふふなオフを妄想しよう。オフって言うと有名人みたいだから、有名人だったら一生縁を養っていけるかな、なんて。

ーー私と違って授業をきちんと受けてノートを取っていて、健気だなぁ。ーー

そうだなぁ、まずは海は外せないよねぇ。ビーチでバレーで遊んだり、砂で未来の新居を建てたりもいいし、海の家でカキ氷を急いで食べて頭の痛みで呻いてる縁も可愛いだろうな。縁は泳げないから、基本的に砂浜で仲良し小好しするしかないのはちょっと残念だけど。あとはー、そうだなー、夏祭り、キャンプ、…………うーん、意外とあんまり思いつかないな。夏って何があるんだろ。

ーーお、手を挙げた。中学生なのに、未だに小学生気分なのが、可愛い。ーー

まあ外で遊ぼうと言っても、私の縁の可愛さに愚かにも気付いてしまう野郎共がナンパなんて悪事を働く可能性もあるからなぁ。デートに邪魔が入るのは論外だよ、論外。もし可能性が事実になったらその時は自分で自分を抑えられる気がしない、全く以て。

ーー正解したのかな?なんとなくドヤ顔だ。なでなでしたい。ーー

それはともかく、夏休みというと家の縁側《えんがわ》でスイカとかアイスとか齧ってるイメージが日本人的に強い。ちなみに私の家に縁側なんて無いので、この縁側は縁側《えんのそば》と強引に解釈して当てはめよう。うんうん、普段から縁のことしか考えてないからこそできる、秀逸な発想だ。自分が誇らしいぜ。それに、縁がスイカやらを小動物みたいにぱくぱく食べてる様子を想像すると……いやはや、とってもマーベラス。可愛い過ぎて、一周回ってため息が出るほどに。しかもその天使の側に居られる私。嗚呼何と素晴らしきかな。そんな生活が永遠に続けばいいのに。

永遠にするつもりだけど。

……こう言うとちょっと怖いな。誤解を避けると、「あなたを殺して私の中で永遠に生き続けるわ」って意味ではない。単に一生縁と一緒に暮らしたい、ってだけだから。これでも怖いかな?私にとっては、そういうことだ。縁も同じように思ってくれてるんじゃないかな。

ーーおや?キョロキョロし始めたぞ。視線に気付いたのかな?念のため閉じよう。ーー

話を戻そう。夏休みかぁ。やっぱりいくつになっても長期休暇は嬉しい。その分縁と過ごす時間が増えるから。増えるどころか、ほぼ毎日ずっと一緒にいられる。私は何も部活に入ってない一般的に帰宅部と呼ばれる生徒で、縁も私と同じく帰宅部なので、休み中に学校に用事なんてことは共にない。かといって家で二人で囚人のように引き篭っているわけではなく、ショッピングや映画を見に行ったりする。

ーーちらっと見よう。うん、こっちは見てない。大丈夫っぽい。再びジロジロ。ーー

あ、そうだ。映画なんかは長期休みに最適かも知れない。近場に何回か行ったことのある(もちろん縁と)割と大きい映画館もあるし、今話題になっている恋愛映画も公開されているらしい。それで縁と良い雰囲気になったりして……きゃー。

ーーいやぁしかしこの席は素晴らしいですな。これこそ運命。おかげで最近は癒され放題で調子も気分も良い。ーー

よし、予定の一つは決定した。一応後で相談しよう。縁と私の将来を考えるというのは、本当に楽しいなぁ。細かいことは知らないしどうでもいいけど、いつかウェディングドレスを着せ合いっこしたいな。二人きりで。これも、ある意味予定の一つ。

「…………い。おーい、絆?片伊絆《かたいきづな》さーん?」

ん?あぁ、どうやら誰かに呼ばれているようだ。誰かと思い、音の発生源を辿って首を向けようとすると、カーテンについてたらしい埃が目に触れて、痛たたた。

「あ、やっと反応してくれた。次、移動教室だよ。」

縁を愛でるための大事な目の痛みを堪えながら、その言葉を聞き、そいつと教室を見る。おーなるほど、道理で教室にほとんど人がいない訳か。というかもう一限終わってたのか。窓から見える中学校舎の一年生の教室を見ながら妄想している間に一時間も経っていたとは。まぁ特に最近、移動教室のない日は一日中そうしてるんだけど。

そして話しかけてきたクラスメイトを見ると、あぁ、出席番号十三番か。この人は、何を考えているのか読めないと思われ、そう思って欲しいと思う私に、唯一話しかけてくる女だ。何を勘違いしてるのか分からないが、高校二年生になり今のクラスの教室に初めて入ったとき、私はこいつの前の席だったので社交辞令的に挨拶したらそれ以来話しかけてくるようになった。今になって無視してればよかったと後悔している。縁以外の人間はどうでもいいのに。

この間席替えをし、私は窓際、十三番(省略)は廊下側なので今はもう離れているが、それでも会話を試みてくる。けど明日からはこんな空虚で無駄な人間関係も休みになるのだ。

そろそろ次の授業が始まりそうなので席を立つ。名残惜しかったので、移動する前にもう一度だけカーテンを開けて、見る。

ーーあ、目が合った。ははっ、驚いている顔も可愛い。ーー