夢みるHappy marriage




「……昔、六本木のクラブで追い出されたことあっただろ」

「……っ!」

まるで、心臓を鷲掴みされたようだった。
私の人生で一番屈辱的な日だった、あの日の出来事を知っている人がこんなに身近にいたなんて。

私はあの日から、違う人間に生まれ変わったつもりで生きてきたのに。

でもなんで榊原さんが……?


「なんで知ってるの?」

「あの時のバーテン覚えてない?」

「あ、あれ、榊原さんだったんですか?」

「お見合いの時に気付かれるかと思ったけど、全然気付かないから。まぁ今とは髪型ずいぶん違うからな」

「そ、そうだね」

正直、あの時の憧れの君をぼやーっとでしか思い出せない。
ショックな出来事のあとだったし、泣いて視界がぼやけてたし、ただ、この意思の強そうな瞳と声だけは覚えていた。言われてみれば、あの時のバーテンさんの面影に重なる。



……あれはまだ東京に出てきて間もなかった頃のこと。

私をデブだと陰で蔑んでいたイケイケの上京組に誘われ、不審に思いながらものこのこついていったところで事件は起きたのだった。

六本木に行くからオシャレして来てねと言われ、その当時の私はデブスなりに精一杯の化粧をし花柄のワンピースを着て行った。
そして連れて行かれた先は、六本木のクラブだったのだ。

その日はレディースデーで女の子が無料で入れる日だった。
身分証を確認するために入口に並んでいたのが、その列にはオシャレで可愛い女の子達しかいなくて。
自分がこんなところ場違いで、来てはいけないところだったとその時点で思い知らされた。

猛烈に帰りたくなったけど、一緒に来ていたイケイケグループの女の子達はクラブなんて行き慣れてるとでも言うようで、一人挙動不審な私を嘲笑っているように思えた。

ここで白旗を上げて帰ればいいものを、負けず嫌いな私は何を思ったのか、ここで自ら引き下がったら本当に負けだと思って、ただただ辛い現実しか待っていないクラブに足を踏み入れてしまったのだった。


人生で一番、最低最悪な日というだけあって私の記憶ももう断片的にでしか思い出せないけど。