ルオンの言葉にレイが眉を寄せた、その時

ルオンが何かに気付いたように、ふっ、と笑って言った。



「あ、まさか姉さんと相合い傘しようと思って、わざと?」



「っ!お、お前っ、んなわけねぇだろバカ」



激しく動揺した上に後に引けなくなったレイを見て、俺は笑いが込み上げる。


きょとん、としている嬢ちゃんは、レイに向かって声をかけた。



「あのね、市場で偶然ルオンに会ったから、傘に入れてもらったの。」



「!ルミナ、こいつと一本の傘に入って来たのか…?」



「え?うん、そうだけど…?」



レイが、分かる人には分かる嫉妬の念がこもった視線を無言でルオンに送ると、ルオンはさらりとそれを躱す。


そしてルオンは、「じゃあね、姉さん。」と言って傘を広げながら酒場を出た。


ルオンにお礼を言っている嬢ちゃんを見て、レイはムッとしている。



…大人げない。

本当に、大人げない。



俺が目を細めてレイの背中を見つめていると

嬢ちゃんはレイを見上げて口を開いた。



「レイ、私を迎えに来てくれようとしたの?」



「!…あぁ、まぁな。」



嬢ちゃんは、それを聞いて嬉しそうに笑顔を見せた。


レイがそれを見て微かにまぶたを震わせる。



「ありがとう、レイ…!

すごく嬉しい…!」



嬢ちゃんの笑顔と一言で、すっかり機嫌が直ったと思われるレイは、少し照れたように嬢ちゃんから顔を背けた。



…単純な奴。



その後、今日起こった一連の流れを知った嬢ちゃんに話すと、嬢ちゃんはこの上ないくらい嬉しそうに照れていた。


二人が、一本の傘を持って“雨の日デート”に出かける後ろ姿を見送る。


俺は何となくケータイを取り出して電話をかけた。



…プルルル…


…プツ。



『…何。』



一コール目で出たにも関わらず、どこか感情を隠した声が聞こえた。


俺は静かに言葉を口にする。



「ミラ、出るの早いな。仕事中だったのか?」



『いや、今、暇になったところ。大丈夫。暇だから。

…それで、何?』



“暇”を連呼するミラに、俺はさらり、と続ける。



「暇なら、夜に飯でもどうかと思っただけだ

空いてるか?」



『………うん。空いてる。別にいいわよ』



「え?空いてるのか?」



『…何?自分から聞いたくせに。』



俺は少しの沈黙の後、ぼそり、と呟いた。



「いや、“私の半径三千キロ以内に近づくな”
って言われてたからさ。

てっきり、断られると思ってたんだが。」



『…!』



ミラが電話越しに驚いたような呼吸をした。


そして、ぼそりと答える。



『…情報屋なら、私の心くらい察してよ。ロディは、そういうの得意なんだから。

私が電話に出た時点で、分かるでしょ…?』



…!


俺は、小さく笑ってミラに答えた。



「…そうだな。じゃあ、今夜車で迎えに行く

俺、今日は酒を飲まないから。」



『…!』



ミラは、少しの沈黙の後、小さく答えた。



『…私も今日はノンアルコールにするわ。

じゃあ、夜までに仕事を終わらせるから、切るわね』



プツ。


会話が終わった後の機械音に混じって、最後のミラのセリフが耳に残る。



「…暇なんじゃなかったのか?あいつ…。」



今日の会話がいつかの夜と重なって聞こえたのは、きっと俺だけじゃないって…

今は少しだけ浮かれさせてくれ。