「ん?お前一人か?嬢ちゃんはどうした?」



俺がそう声をかけると、レイはこちらを見ないまま早口で答える。



「あー…、ルミナにはまだ会ってねぇんだ。

今から迎えに行く。」



…?


まだ会っていないのに帰って来たのか?



俺の中のセンサーが何かを感知したような気がした。


俺は黙ってレイを見つめる。


レイは、そんな俺の視線から逃げるように傘を一本手にして酒場を出ようとした。



…!



俺は、レイの脳内で起きた会議の内容をすべて察して口を開いた。



「まさかお前…嬢ちゃんと一つの傘に入りたくて、自分の傘をわざわざ置きに来たのか?」



「!!」



レイが、動揺したように傘を床に落とした。


俺に背を向けたまま、すっ、と傘を拾うレイに言葉を続ける。



「…ったく。どこまで歩いてから戻って来たんだ?

俺が洗濯物を取り込んでいる間は街を歩いてたんだろう?」



「…大通りまで行ったけど。…悪いかよ。」



ぼそり、とそう答えたレイに、俺は半分呆れ半分感心しながら言った。



「お前が嬢ちゃんと一つの傘に入れば、お前がほぼ八割を嬢ちゃんに傾けて自分はずぶ濡れになる事は予想出来る。

二つ持って行ったって、一緒に話して帰れるならいいだろ。」



「二つ傘を広げたら、その分ルミナが遠くなるだろ。」



当たり前だろ、何言ってんだ。という視線を送られた俺は、はぁ、と息を吐いて言った。



「お前がずぶ濡れになって風邪をひいてみろ

嬢ちゃんは絶対気にやむだろ?」



「ルミナが濡れなければ、それでいい。

もし風邪をひいても、ルミナに看病してもらうから、別にいい。」



…それを狙ってるんだな。


どっちに転んでもおいしいってか?


相変わらず成長しない奴だな、こいつは。



「嬢ちゃんと相合い傘したいだけって事か」



「…だめかよ。」



レイから開き直りの発言が発言が飛び出したところで、俺は時計を見ながら言った。



「あー、もう分かったから早く行け。

嬢ちゃんがいつまで経っても帰れない。」



レイは、はっ、としたように頷いて酒場の扉に手をかけた。


と、その時だった。



ギィ!



いきなり、酒場の扉が開いた。


驚くレイと俺の目の前に、ある人物が現れる



「わっ、レイ!びっくりした!」



「えっ!ルミナ?!」



レイは、彼女を見てつい声を上げた。


そこには、今ごろ雨宿りをしているはずの嬢ちゃんの姿。


よく見てみると、嬢ちゃんの服はあまり濡れていない。


どうやってここまで来たんだ?



その時、嬢ちゃんの後ろに傘を持っている
“彼”がいることに気がついた。


レイの顔が、さっ!と険しくなった瞬間

“彼”がレイに向かって声をかけた。



「あれ、兄さん。

もしかして、姉さんを迎えに行こうとしてた?」



「……ルオン………!」



二人の兄弟の会話が聞こえる。


さらり、としたルオンとは対照的に、レイは大人げないドスの利いた声。


ルオンは、レイの手元をちらり、と一瞥して続けた。



「傘一本で出ようとしてたの?姉さんを迎えに行くなら傘足りないでしょ。

相変わらずバカだね。」



「な…っ!!」