レイが魔力を失って、すべてに決着がついた日から数日後。


私はある日の朝

珍しく怖い夢を見て目覚めが最悪だった。


…黒マントに襲われる夢を、たまに見る。


起きてみれば、何の夢を見たのか詳しく思い出せないけど

黒いイバラで締め付けられたことだけは覚えている。


…あぁ、もう。

今日は運が悪いなぁ。


気分が上がらない中着替えを済ませ、洗面所で顔をばしゃばしゃと洗う。


…何となくすっきりしないなぁ。


はぁ、とため息をついて酒場に入ると

カウンターを拭いていたレイと目が合った。



「あ、おはよう。レイ。」


「あぁ。…どうした?元気ねぇな。」



私は、微かに眉を寄せたレイに、苦笑しながら言った。



「何でもないの。

ただ、久しぶりに怖い夢を見たから、それを引きずってるだけ。」


「…ふーん。」



すると、レイはカウンターを拭く手を止めて

私に向かって歩み寄った。


…?


きょとん、とする私に

レイは、ふっ、と小さく笑って口を開いた。



「怖いの、忘れさせてやろうか?」


「えっ?」



レイが、私に向かって腕を広げる。


…!


ま、まさか、これは…!

“抱きしめてやるから、こっち来い”のポーズ
?!



今までずっと無愛想だったレイが、たまにこうやって優しくしてくれる時

私はいつも以上に緊張してしまう。



…やっぱり、ギルはレイの一部だったんだな


ギルはもういないけど、レイとギルの優しさは同じだ。



私は、緊張しながらも

ぽすん、とレイの胸に飛び込んだ。


たくましい腕が、私を優しく抱きしめる。


ぽんぽん、と軽く私の頭を撫でるレイの仕草は、ギルのものと一緒だった。



…わぁ…幸せ…。


悪夢を見るのも悪くないかも……。



「ルミナ…。」



レイが、小さく私を呼んだ。


顔を上げると、綺麗な碧眼と目が合う。



あ……

思ったより、近かった。



レイは、ちらり、と辺りを見回して

私の頬に手を添えた。



私は、そんなレイに向かって小さく尋ねる。



「…今、二人っきりなのに、周りに人がいないか確認したの?」



「…ロディがいる時の癖が治んなくてな。」



くすくすと笑い合った私たちは

ゆっくりとお互いの距離を縮めていく。



…まだ、緊張することばっかりだけど

いつか、二人でいることが当たり前になる日が来たらいいな……



私が目を閉じて、唇が触れそうになった

次の瞬間だった。



バン!!



「おはよぉ!法廷で言った通り、見回りに来たぞ!

イケナイことしてないだろーなぁ?!」



ガロア警部の大声が酒場に響いた。


突然開いた扉に、私とレイは光の速さで距離を取り

とっさに床に倒れこんだ。



…び、びっくりした…。


心臓飛び出るかと思った…!



そういえば、タリズマンは酒場やログハウスを定期的に巡回しに来るんだった。



「…ん?お前たち、何やってるんだ?」



ガロア警部のきょとん、とした声が聞こえ

私とレイは心臓を落ち着けながら、二人揃って口を開いた。




「「…し……死体ごっこです。」」




…その後

「物騒な遊びはやめとけよ?」と諭された
私は、悪夢はやっぱり見ないほうがいいと強く思った。