1歩踏み出す。

季龍さんはなにも言わない。私が逃げないと分かってるから。

麻夏くんに頬笑み、また1歩踏み出す。差し出された手を掴み、降ろした。

その手は私には必要ない。その手を掴めるほど、私の状況は甘くない。

「葉月さん」

「…あり、がと…」

「ッ!?違っ」

「いい、から」

麻夏くんが焦ったように言葉を繋ごうとするのを遮って、かすれた声をなんとか出す。

麻夏くんに笑いかけて、握った手を離した。

タイミングよく鳴り響くチャイム。

麻夏くんが手を伸ばすより早く捕まれた手は、季龍さんのもの。

手を引かれるままに教室を出ていく。

「琴音、帰ったら仕置きだ」

「…」

「二度とあいつと話すな。話せば、学校には行かせねぇ」

季龍さんの言葉に、また鎖が増えていくような気がした。

どんどん増えて、私を縛り上げていく鎖は、自由を奪っていく。

その事実を悲観することも、恨むことも出来ないまま、ただ与えられるものを受け入れることしかできなかった。